「ゼロカルト」政策と中国のキリスト教会 佐藤千歳 【東アジアのリアル】

日本の旧・統一協会をめぐる動きは、中国の主要メディアも日本関連ニュースのトップで継続的に報道している。中国メディアの関心は、カルト団体が信者らに与えた経済的・精神的被害と、政権党の政治家とカルト団体との「あいまいな関係(「環球時報」ホームページ)」にある。こうしたニュースに対する受け止めを中国人の宗教研究者に尋ねたところ、「なぜ日本政府は、元首相の殺害からすぐに統一協会を取り締まらなかったのか?」と逆に問われた。この研究者は日本での留学経験が長く、日頃は中国政府による宗教管理の強化に対して懐疑的な立場をとっている。しかし統一協会を含むカルトへの対応については、中国政府の立場を支持した。

日本の統一協会問題について共産党・政府系メディアは当初から、中国政府の宗教政策の正しさを宣伝する機会としてきた。信教の自由よりも社会秩序の安定を上位に置くことで、中国社会は「邪教」の被害から守られてきたという主張である。中国憲法には「信教の自由」も保障されているが、「正常な宗教活動」の範囲という条件付きである。「正常」の範囲は、個別の事態ごとに決められてきた。今回の元首相銃撃事件のように、カルトの与えた被害が国の指導者の安否につながるようなケースならば、議論の余地なく即日で、当該団体の取締りが行われるだろう。

たとえカルトであっても、違法行為の被害と信教の自由とのバランスを考慮し、過去の政策判断との整合性をとるという日本政府の立場は、(日本国内でもどこまで理解されているか不明であるが)中国社会では知識人を含めまったく理解されない。では、カルト根絶の「ゼロカルト」政策が世論の圧倒的な支持を受ける中国にカルトは存在しないのだろうか?

北京のプロテスタント信者による作品「主の律法は完全で、魂を生き返らせ(詩編19:8)」(筆者撮影)

例えばキリスト教では、韓国のキリスト教系カルトが1990年代から活発な宣教活動を行っている。日本の「カルト問題キリスト教連絡会」が注意喚起した新天地教会や救援会(クウォンパ)、教祖による信者の性的暴行が明らかになった万民中央教会は、2010年代も東北部の吉林省で活動が確認された。同省で現地調査を行った宗教研究者の徐によると、韓国のカルトは現地のキリスト教会より資金も人材も豊富で、正体を隠した勧誘や地元教会への浸透が現地教会の脅威となっていた。カトリック教会は事情が異なり、政府非公認の通称「地下教会」のカルト化が懸念されている。コロナ禍前に筆者が、カトリック信者が集中する河北省を訪問した際は、神父に対する個人崇拝や閉鎖的な集団生活を行い、信者に健康被害を与えた地下教会の事例が問題となっていた。

中国政府は、カルトの活動自体を違法として取り締まるが、ゼロカルト政策の間隙を縫ってカルトの活動が今後も存続すると筆者は予測する。中国社会には、信仰で病気を治すといった超自然的な教義を受け入れる土壌が根強く存在し、カルトに多く見られる個人崇拝やシャーマニズムの教説との親和性が高い。

また宗教統制の強化は、カルト以外のキリスト教会の活動を萎縮させており、結果として一部のキリスト教信者をカルトが吸収することが予想される。今月22日に閉会した中国共産党大会で習近平国家主席は、「宗教中国化の方針を堅持する」と述べ、宗教統制の強化を続ける方針を確認した。今後も中国のキリスト教会は、当局による統制強化と、統制の間隙を縫って教会への浸透を図るカルトという2方向の圧力に対峙する苦境に置かれることになる。

*本稿はカルト(中国語で「邪教」)について、「正体を隠して信者を獲得し、宗教活動を利用して信者を金銭的・肉体的・性的に搾取し、脱会を認めない集団」と定義します。

佐藤 千歳
 さとう・ちとせ 1974年千葉市生まれ。北海商科大学教授。東京大学教養学部地域文化研究学科卒、北海道新聞社勤務を経て2013年から現職。2005年から1年間、交換記者として北京の「人民日報インターネット版」に勤務。10年から3年間、同新聞社北京支局長を務めた。専門は社会学(現代中国宗教研究、メディア研究)。

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