【映画評】 20年後の、この世界で。 『ミッドナイト・トラベラー』『スイング・ステート』

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2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件から、この世界は20年の節目を迎えた。アフガニスタンからの米軍撤退完了を宣言するバイデン米大統領による演説が、この節目となる日を直前に控えた8月31日であったことも象徴的だ。

あるアフガニスタン人の難民家族による、タリバンからの逃避行を描くドキュメンタリー作品『ミッドナイト・トラベラー』がこの9月11日、日本公開となった。全編がスマートフォンで撮られており、子どもの自撮りなどにより既存映画や報道映像にはあり得なかった近しさと生活の温もりがそこには映り込む。家族はタジキスタンからトルコ、ブルガリアへと旅を続ける。苦難の末たどり着いたEU圏の都会的で清潔な街角で住民から浴びるヘイトや、監督である父親のエゴと娘の危機とが衝突する終盤は心底恐い。

20年前の同時多発テロ直後に始まった米国大統領府の権限強化と急加熱する愛国気運、わずか3週間後のアフガニスタン侵攻。米軍の《不朽の自由》作戦と、その失敗により無数の家族が今この瞬間にも強いられている不自由と。「この終わりなき戦争を延長させるつもりはない」と演説したバイデンの目に、難民の子らが撮る異国暮らしの映像はどう映り得るだろう。

一方『スイング・ステート』は、トランプ大統領の当選で挫折した選挙参謀が、激戦州(Swing State:揺れる州)のひなびた町に着目して始まる政治コメディだ。天敵の美人選挙参謀を相手に、民主党と共和党の両陣営とも巨額を溶かし全米から注目を集めゆく様が、極めて戯画的だからこそ現実的に映る皮肉。終盤の仕掛けも見事な本作は、映画製作会社Plan Bの真骨頂とも言える作品だ。

ブラッド・ピッドがCEOを担うPlan B Entertainmentは2001年11月に設立された。当初から娯楽作と芸術作の両軸展開を旨としたが、アメリカの自画像を描く作品群において近年明らかな飛躍を遂げて見える。例えば『バイス』(2018)では、2001年9月11日以降の数日間のうちチェイニー元副大統領が人知れず絶大な権力を掌握する過程を描きだした。また『ウォー・マシーン: 戦争は話術だ!』(2017)では、米軍のアフガニスタン駐留がどれほど無益で将来的な展望のないものであるかを、極めて風刺的に描き切った。

こうした国際政治上のテーマと並行し、アメリカ社会内部の変容を重視する点もPlan Bの特徴だ。とりわけフロリダの黒人少年を主人公とする『ムーンライト』(2016)が世界的な注目を浴びて以降は、『ビール・ストリートの恋人たち』(2017)、『ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ』(2018)など秀作を連発し続けている。

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「この世界は20年の節目を迎えた」と冒頭に述べた。この世界は。そうではない世界がもし、あり得たなら。今夏、東京五輪の騒擾と新型コロナウイルスの都市部感染爆発を経験した日本社会では、〝失われた20年〟以降顕著であった内向き傾向が一層強化されつつある。ポスト・トゥルースの現代は、事実性の根拠が無意識のうち視界の外へ排斥され、システム的に統御された「現実」が無自覚のまま受容され共有される時代となった。〝もし〟の話をしても仕方ない、目の前の現実をみろ、とわかった風に人はしばしば他人を諭す。その「現実」の虚構を暴く〝もし〟の話を、人は恐れる。恐れる人々にはアフガン難民の道行きも、アメリカ大統領選の成り行きも遠い非現実の雑音でしかないだろう。ただでさえ逼塞を迫られるコロナ禍下の暮らしにおいてこそ映画や文学、音楽や美術を通し想像力を働かせる機縁はゆえに、より貴重となる。一面的に構成された「この世界」の奴隷とならずにあるために。

(ライター 藤本徹)

『ミッドナイト・トラベラー』 “Midnight Traveler”
公式サイト:https://unitedpeople.jp/midnight/
全国順次公開中

『スイング・ステート』 “Irresistible”
公式サイト:https://swingstate-movie.com/
9月17日(金)よりTOHOシネマズ日比谷・渋谷シネクイントほか全国ロードショー

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本稿筆者によるPlan B作品個別ツイート(更新中)

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