イギリスは今、新型コロナウイルスの第2波に直面している。9月26日現在、1日の感染者数は約7千人。政府機関から「対応なしでは10月半ばには1日の感染者数5万人」という発表がなされたばかりだ。これを受け、北アイルランド全土、ウェールズの大半で、ロックダウンが始まった。私の住むイングランドでは経済との兼ね合いもあり、未だそれを免れているが、このままでは時間の問題だとささやかれている。情報を得るため、スマートフォンを手放せない日々が続く。
先日、わが家の子どもに継続的な咳や高熱の症状が見られたため、半年ぶりに自主隔離を行った。幸いなことにPCR検査の結果は陰性で、無事、隔離を解くことができた。検査結果はもとより、子どもたちや私も学校や職場で対面の交わりを再開できたことにほっとしている。他者との交わりは、確かに心に光を灯してくれる。
英国の天候は少しずつ崩れ、長い闇となる冬が始まりつつある。日はますます短くなり、雨雲が空を覆い、次第に寒さが増してくる。英国に住むと、日の光の大切さを嫌でも理解するようになる。光は私たちを照らすだけでなく、身も心も温めてくれる。この北国において、クリスマスの光は真に待ち望まれている。
私の職場がある村の人口は3千人だが、そのうち800人が英国聖公会の教会でクリスマス礼拝に参加する。全員が聖堂に入りきらないので、クリスマス礼拝は1日に何度も行われる。「欧州のキリスト教離れ」が日本にも伝えられて久しいが、こちらでは風土として染みついている印象を受ける。普段、教会に行かなくても、クリスマスには聖堂で聖歌を共に歌うことを多くの英国人が楽しみにしているのだ。
残念ながら今年のクリスマスは例年のように祝うことは難しいだろう。感染拡大を防ぐため、歌うことは禁止されているからだ。聖堂が満席で立ち見になるあの光景は、人数制限のため見ることはできない。本物のロバを使った聖劇を味わうことも叶わない。英国の長い冬を照らすあのともし火は、一体どこに見つけることができるのか。
このような状況において、英国聖公会はweb上で興味深い試みを行っている。COVID-19の影響が出始めた3月末から「オンラインキャンドル」が、いくつかの教区、教会で始められた。現在、英国聖公会のホームページ上には、薄暗がりの中にあるロウソクの画像が挙げられている。クリックないしタップすると、少しずつ火が灯り、光が広がる。光を灯すこと、またその光を見つめることを通して、祈りの時間が私たちに与えられる。
これはPCでもスマートフォンでも行うことができ、心の中の祈りの空間が確保される。今この瞬間も、きっと誰かが祈りを捧げているのだ。オンラインキャンドルを通して、私たちはたとえ離れていても共に祈ることができる。顔を知ったあの人とも、まだ見ぬあの人とも、私たちは共に光を見つめ、光に照らされているのだ。目に見えない神の恵みによる交わりが、従来の物素とは異なるあり方で、確かに実感することができる。
コロナ禍によって手放せなくなったスマートフォンは、手のひらの中で光り輝いている。神によって与えられた理性の産物は、神の継続的創造として、世界と人とを照らす道標となる。今年のクリスマスは、神の光によってどのような照明が与えられるか。冬の光を待ち望んで日々を過ごしていきたい。
與賀田光嗣(立教英国学院チャプレン)
よかた・こうし 1980年北海道生まれ。関西学院大学神学部、ウイリアムス神学館卒業。2010年司祭按手。神戸聖ミカエル教会、高知聖パウロ教会を経て現職。妻と1男1女の4人家族。