東日本大震災記念礼拝(日本基督教団東北教区主催)が11日、東北教区センター「エマオ」(仙台市青葉区)で開催された。仙台東一番丁教会、山形六日町教会、勿来教会、安積教会、福島教会、会津若松教会にサテライト会場が設けられ、96人が対面で礼拝をささげた。同教区フェイスブックからオンライン配信もされ、それぞれの場で祈りを共にした。
礼拝では、賛美、聖書朗読、主の祈りに続き、地震が発生した午後2時46分に合わせて、1分間の黙祷がささげられた。その後、日本基督教団名取教会牧師の荒井偉作(あらい・いさく)氏が「母がその子を慰めるように」と題して説教を行った。
説教に用いられた聖書箇所は、「母がその子を慰めるように私はあなたがたを慰める。エルサレムで、あなたがたは慰めを受ける」(イザヤ書66章13節)と、「私は、あなたがたをみなしごにはしておかない。あなたがたのところに戻って来る」(ヨハネによる福音書14章18節)。12年前、震災が発生した翌朝に与えられた箇所と同じところだ。当時この御言葉に「打ちひしがれて絶望している者を、そっと抱き上げるような神さまの手の働きを感じた」ことを明かし、次のように続けた。
旧約聖書の預言書を読むと時折、神さまが民衆に向かってたたみかけるように「どうしてお前たちが死んでしまってよいものか」と問いかけ、「お前たちに生きてほしいのだ」と呼びかけます。そのような神様の言葉が散りばめられている。たとえ私たちの命がか細くなったとしても、今日の聖書箇所のように、神さまは私たちに「生きてほしい」と呼びかけてくださっている。そういった慰めの言葉を今日一緒に分かち合っています。
12年前の震災において名取教会では、4人の尊い命が津波の犠牲となり、会堂が被災し、地域と共に傷を負った。大地の下から突き上げられ、海の彼方から津波が押し寄せ、上から原発事故による放射能を浴びた。下から横から上からという震災三重苦ともいわれた当時の出来事を振り返った。
当時私は、名取教会に4月から赴任することになっていました。震災が起きた3日後、教会から海へと続く道を自転車で行ってみると、瓦礫がどんどん増えていき、地面が瓦礫で覆われていきました。さらに高速のトンネルをくぐると、そこには、漁船や車が転がり、家が崩れ、あちこちから煙がくすぶっている。私は戦争映画のロケ地に迷子になって入ってきてしまったような気分になり、現実として認知することが難しい状況でした。それと同時に、これが私に備えられた道なのだ、この地域で今日からつかえていこうと思わされた瞬間でもありました。
名取教会はこの12年間、取り返しのつかない出来事を抱えながらも、聖書の中からいつも届く、神さまからの深い慰めと希望を必死で聞き取ろうとしてずっと歩んできた。またそのことを地域の方々と分かち合おうと、歩みを前に進めてきたという。そして、12年前と同様に今が受難節(レント)であることを踏まえつつ、最後にこう結んだ。
東日本大震災以来、世界中で、大災害、あるいは紛争・侵略が止むことがありません。さらに新型コロナウイルス感染症もあります。どうしてこのような不幸が続くのか、私たちの疑問は尽きません。しかし、私たちが知っているのは神さまは、天の領域から「お前たち大変だな、がんばれ」とはおっしゃらない。むしろ私たちの不幸や困難の真っ只中に、自ら肉体をまとって飛び込んできてくださるお方です。クリスマスの出来事がそれを伝えています。私たちが神を忘れ、背を向けることがあっても、神さまの方では私たちを見放すことはなく、人智をはるかに超えた愛と慰めで私たちを導いてくださる。弱い立場の人たちのために、神の愛は尽きることはありません。究極の出来事である主イエスの十字架と復活の出来事を覚えながら、私たちは過ごしたいと思うのです。
礼拝の最後には、「東北教区の『3・11わたしたちの祈り』2023」がささげられた。