「この兄ちゃんダレ?」 【関野和寛のチャプレン奮闘記】第9回

かくして、私は神奈川に続いて大阪、しかもキリスト教とは一切関係のないクリニックで働くことになった。42歳にして新入職員になり、緊張の中、クリニックの朝礼で自己紹介。緩和ケアで働いたことがある従事者たちはについて知っているだろうが、実際にチャプレン/牧師と共に働くのは皆初めてだ。

今までは立派な牧師室を与えられ、毎日私は「先生」と呼ばれていた。でも自分のオフィスデスクがあり、「チャプレン・カズ」と呼ばれた。だがここでは、私は何者でもないただの「関野さん」だ。医療現場ではまだまだ医師の存在が絶対だ。常に誰かが「先生!」と医師を呼ぶたびに、耳の付け根がピクリと反応し、振り向こうとしてしまう。情けないが、私は15年間毎日のように「先生」と呼ばれ続け、知らず知らずのうちに「牧師先生」になっていたのだ。

出勤して最初の日々は、オフィスの中で誰も私を呼ばない。仕事が回ってこない。いくつかの、施設の朝礼に出席するが、誰も私にさんのケアを依頼してこない。理由は明確だ。今まで患者さん、入居者さんの元にチャプレンが出向いたことがないからだ。精神不安や不眠の症状はすべてに回されていた。「死を前にした人々、不安の中にいる人をケアいたします」と漠然と説明したところで、誰も私を患者さんの元に送ることはしない。

こんなに病床があり、すべての患者さんが不安の中で過ごしている。医療スタッフたちの多くは患者さんたちに身体の治療だけでは、精神的サポート心のケアが必要なことをよく知っている。日本には現在400以上の緩和ケア/ホスピスがあるが、チャプレンがいる施設はわずかだ。臨床師や傾聴が関わっているところもあるが、このコロナ禍でボランティアベースの働きのほとんどは中断を余儀なくされている。多くの施設では「心のケア」「自分らしい最後」と謳っているものの、現実はそこまで追いついていない。

「だから今こそ、病院スタッフとしてのチャプレンが必要!」と思いを強くし、私は病棟を回る。けれども看護師や職員は「え? チャプレン? 牧師さん? 何されるんですか?」と当然、懐疑、警戒する。さらに、悪質な宗教教団による高額献金が社会問題として報道される日々、は肩身が狭すぎる。逆風の連続。新人のサッカー選手がチームメイトのペースについていけず、パスがもらえないような感覚。私はナースコールがけたたましくなるナースステーションの中で、ただ立ち尽くしていた。

すると「×××室のAさん、お看取り近いです」「今、誰も手空いとらんねんっ!」と看護師たちの言葉が飛び交う。看護師たちの中でもコロナ感染者が出て、フロアに人員が足りていないのだ。すると、さっきまで懐疑的に私を見ていた看護師が私をチラリと見て、「なあ、兄ちゃん。あんたセラピストやったっけ? ×××室のAさん、お看取りで最後が近いさかい、あんた側にいたってくれる?」とひと言。まったく知らない病棟の中、私はAさんのことも病のことも何も分からない。だが、「行け」と再びコーリングを受けたのだ。またしても不安に揺れながら「はい、行かせてください」と答え、私は病室へと向かうのだった。

*個人情報保護のため、所属病院のガイドラインに沿いエピソードは再構成されています。

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