中くらいのことが中くらいにできること 【発達障害クリスチャンのつぶやき】

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 現在、私は「就労移行支援事業所」というところで、パソコンの練習をしています。週に2度、午前だけ行くのですが、パソコンのスキルを身に付ける以上に、「外出する」「外出して家族以外の人と話す」ということが大きな支えになっています。具体的には、教科書を見ながら、その指示通りにパソコンを操作し、わからないところはインストラクターの先生に聞くというようなスタイルです(そのインストラクターに見える人も、障害者福祉の人です)。

 ですからみなさん障害者ですが、「いかにも障害者」である人はひとりもいません。これは昨年、ある町で炊き出しを経験したときにも感じましたが、「これぞホームレス」というイメージのかたは少なく、一見ホームレスには見えないようなかたが多い、というのにも似ている気がします。とにかく障害者には見えない人が多い。休憩時間に雑談をして楽しんでいるかたもおられ、また、私が後ろを通ろうとするとき、自然にいすを引ける人も多いのです(私は集中していると、後ろを人が通るときでも、いすを引けなかったりします)。ですから、本当に障害ってさまざまだなあと思いますね。

 私が4月から取り組んでいるのは、まず「エクセル基礎」それから「エクセルドリル」、そして「ワード基礎」です。いま、ワード基礎で苦戦しています。非常に時間がかかっています。時間がかかっても叱られるところではありませんが。これは何が原因であるか、少しずつわかってきました。私の、「やさしいものほど難しい」という特性があらわれているのです。つまり、みなさんにとって「やさしい」ことほど、私にとっては難しいものなのです。

 私の職場の仕事は、とてもやさしいことばかりです。チェックしてはんこを押す、郵便物を仕分ける、コピーをとる、その程度のことが重なり合った職場です。これは、私にとっては、じつは極めて難しいのです。おそらく私はすべてのことを、大学院で数学を研究するときのようなテンポで行っており、多くの人は「やさしいことはスピーディーにできる」ものですから、その標準と比較されてしまうので、えらく遅いし、何回言われてもわからないということになるのです。

 久しぶりに「ワード基礎」を学んで、それを自覚しました。ワードの初歩って、やさしい小さいことが、つぶつぶのようにたくさんあり、それで私にはえらく難しいのです(字の大きさ、デザイン、色など。パソコンって多くの人に使いやすくできているらしいですけど、それがまた私には使いにくいらしい)。まだしもエクセル基礎のほうがはかどったのは、これはワード基礎よりは体系立っているからです。

 私、数学には苦手意識がないですからね(エクセル基礎に出てきた数式は、「合計」と「平均」くらいです。いずれも小学校で習う算数の範囲です)。プログラミングにも苦手意識はないですし、あるいはエクセルのもう少し発展的なテキストとか、あるいはアクセスみたいなもののほうがまだしも得意なのかもしれませんが……。

 じつは2020年5月、障害者の職業の支援の窓口に行ったときも、あなた(私)は、できることとできないことの差が激しいけれど、世の中では、中くらいのことが中くらいにできることが要求されるからね、と言われたときのことを思い出します。とにかく世の中では「やさしいつぶつぶがたくさん」を要求されるので、ワード基礎もきちんとやらないといけませんが、もう少し、自分の得意なことを伸ばす訓練もしたいなあ、と思っています。

腹ぺこ 発達障害の当事者。偶然に偶然が重なってプロテスタント教会で洗礼を受ける。東京大学大学院博士課程単位取得退学。クラシック音楽オタク。好きな言葉は「見ないで信じる者は幸いである」。

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