地獄の説教に恐怖 平山正実 【教会では聞けない?ぶっちゃけQ&A】

Q.牧師が地獄に関する説教をしているのを聞いていて、怖くなりました。私や身近な人々、すでに亡くなってしまった人々はどうなるのか不安です。(70代・女性)

誰でも、「地獄に落ちるぞ」と言われたら、よい気持ちがしないのは当たり前です。しかし、牧師が地獄について言及されたのは聖書の中にはっきりと地獄について記された個所があるからです。

本来、地獄を意味するべブル語のゲヘナは、神様との関係が断絶した状態を指す言葉であると言われています。牧師は人間がこうした孤独感から脱出し神さまとの絆を結び直すことを勧める目的で、地獄の話を持ち出されたのだと思います。

私たちの命は、神さまから一時預かったものです。神さまの定めた時に、この命は神さまにお返ししなければなりません。その時、神さまとの関係が切断していた場合、そこが地獄なのだと思います。従って、地獄に関する説教は、死ぬ前に孤独の中でさまよう魂に対し、切断している神さまとの関係を回心によって修復することを目的とした警告と受け取れば、その存在意義はあると言えるでしょう。つまり、人間の滅びを防ぐために地獄があると考えれば、納得がいくのではないでしょうか。

ところで、すでに亡くなった人々に対して、「あの人は、孤独と絶望の中で死んだのだから地獄に行くのは当然だ」と言われたら周囲の者はどう思うでしょうか。遺族や亡くなった当事者は弁明の余地はないわけで、残された者はそのような言葉に傷つくでしょう。つまり事後対応の場合、大変デリケートな問題を含むだけに地獄の話は慎むべきでしょう。

むしろ、私たちは「神は、すべての人が救われて、真理を認識するようになることを望んでおられます」(テモテへの手紙一2章4節)という言葉に慰さめを得ます。すべての人というからには、生者も死者も含まれるでしょう。主の福音の恵みにあずかった者は、神さまに対して、生者であろうと死者であろうと、その救いを祈り求めることが、神様の御意志に添うことであり、地獄の恐怖から脱出する唯一の道であると考えます。

ひらやま・まさみ 1938年、東京生まれ。横浜市立大学医学部卒業。東洋英和女学院大学教員を経て、聖学院大学子ども心理学科、同大大学院教授、医療法人財団シロアム会北千住旭クリニック理事長・院長、NPO法人「グリーフ・ケア サポート・プラザ」(自死遺族支援)特別顧問を歴任。精神保健指定医。著書に『精神科医からみた聖書の人間像』(教文館)、共著に『イノチを支える-癒しと救いを求めて』(キリスト新聞社)など。2013年、75歳で逝去。

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