9月28日 コリントの信徒への手紙一14章15節

霊で祈り、理性でも祈ることにしましょう。霊で賛美し、理性でも賛美することにしましょう。
コリントの信徒への手紙一14章15節(参照箇所同書14章6〜19)

異言は初代教会では珍しいことではありませんでした。異言を語ることは霊的な賜物でした。パウロもとくに禁止したわけではありません。今日でも異言を語ることを重視する教派もあるくらいです。

異言について、パウロは語る者は、「人に向かってではなく、神に向かって語っています。それはだれにも分かりません。彼は霊によって神秘を語っているのです」(2節)と言います。彼が異言について、「異言を語る者が自分を造り上げるのに対して、預言をする者は教会を造り上げます」(4節)、また「教会を造り上げるためには預言する者の方がまさっている」(5節)と言っているのは異言を理解する上で大切なことで、彼はなによりも教会のことを念頭に置いていたことが分かります。
彼は個人的な神秘体験よりも、教会を考えました。教会にはまだ日の浅い信者もいる、そのような人のためには、分かるように話すことが肝要と思ったのです。だから「霊で祈り、理性でも祈ることにしましょう」と言っているのです。

パウロ自身も異言を語る者ですが(14節)、それだけに彼の取った態度は、異言も含めて神秘的な信仰体験についてのわたしたちの考え方に示唆を与えるものです。

 






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