【連載小説】月の都(20)下田ひとみ

 

「舞台の上で、しかも本番中でしょう」と、ふみは吹き出してしまった。「度胸があるわね、その人」

ここぞという時になっても、死人が起き上がってこない。共演者はあわてた。

「それで、どうなったの」

「どうにも仕方がないし、格好がつかないので、そのまま幕になりました。もちろん舞台は大失敗です。みんな怒っちゃって、幕が下りても誰もその人を起こさなかったんです」

「災難だったわね」

「その俳優さん、トラブル・メーカーなんです。本番中に台本にないセリフを言ったり、打ち合わせにない『ふり』をしたりすることもあって。自分ではアドリブを効かせているつもりなんでしょうけど、度が過ぎてるんです。

一緒に舞台に出たとき、私も最初は何とか合わせていたんですけど、本当に大変で。本番中なので、たしなめることもできなくて。途中で私、とうとう切れちゃいました。『いい加減にしてください』って大声で怒鳴ったんです。心底怒っていましたから、ものすごい迫力で、客席は拍手喝采。みんなに後々まで言われました。あの時、本気で怒ってたよねって」

ふみは可笑(おか)しくて笑いが止まらなかった。

「大変だけど、おもしろそうね」

「そうですね。いい思い出もあります」

どうして女優を辞めたのか、そのわけを尋ねたとき、陶子は「向いていなかったんです」としか答えなかったので、ふみはそれ以上、詮索しなかった。伝道師になった理由についても、あえて深くは尋ねなかった。話題がそちらに向かうと、どうしてもキリスト教を信じるように勧められる話になるような気がして、そのことを恐れたのである。

それを感じ取ってか、ふみといる時の陶子は、キリスト教に限らず、宗教について自ら話題にすることはなかった。ふみから教わったオーナメントが好評だったと、クリスマス会の時の様子を伝えたことはあったが、そうしないほうが不自然なので話した、という程度であった。

人の心とは不思議なものである。そうされると、かえって気になってしまうというところがあるらしい。陶子とともに過ごす心楽しいひと時の中で、ふみはいつのまにか気がつくと陶子にこう問うていた。

「聖書の中の黄金律っていわれている言葉があったでしょう。自分がしてもらいたいことを、相手にもそのようにしなさい。たしかこんなふうな言葉だったと思うんだけど。この言葉、実は私、ずっと引っかかってるの」

陶子が怪訝(けげん)な顔でふみを見た。

「引っかかっている?」

「自分がしてもらいたいことを、相手もしてもらいたいと思っているかどうか、本当のところはわからないんじゃないかしら。そうだとすれば、この言葉って偽善じゃないかしらって」(つづく)

月の都(21)

 






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