日本カトリック映画賞授賞式『侍タイムスリッパー』 映画を見た時の元気で、苦しい現実と闘ってほしい

今年2月19日に発表された第49回日本カトリック映画賞(シグニス・ジャパン〔カトリックメディア協議会〕主催)の授賞式・上映会が7月12日、日本教育会館一ツ橋ホール(東京都千代田区)で開かれた。受賞したのは安田淳一(やすだ じゅんいち)監督の映画『侍タイムスリッパー』(配給:ギャガ 未来映画社)。授賞式・上映会の後にはシグニスジャパン顧問司祭・晴佐久昌英(はれさく まさひで)神父と安田監督との対談も行われた。会場には約700人が集まった。

映画『侍タイムスリッパー』は、幕末の侍が現代の時代劇撮影所にタイムスリップして「斬られ役」として生きなおすという時代劇コメディ映画。昨年8月に単館から始まり、口コミで評判を呼び、上映館はたちまち350館以上に広がった。観客を巻き込むストーリー展開と安田監督の時代劇愛に共感する人たちからは、「侍タイ(さむたい)」と呼ばれ、第67回ブルーリボン賞作品賞、第48回日本アカデミー賞最優秀作品賞も受賞している。

安田監督は、同作が自主制作3本目となる。この作品では脚本、原作など1人11役を務め、資金繰りのために愛車を手放すなど同作の完成の道のりには多くのエピソードが残されている。日本カトリック映画賞選定にあたっては、この映画の稀にみる面白さ、人間の素晴らしさを謳った普遍的なメッセージ性が高く評価された。

安田淳一監督=7月12日、日本教育会館一ツ橋ホール(東京都千代田区)。

授賞式には、シグニス・ジャパンの土屋至(つちや いたる)会長、晴佐久神父、顧問司教の酒井俊弘(さかい としひろ)大阪高松大司教区補佐司教、そして安田監督が登壇した。土屋会長からから表彰を受けた安田監督は、次のように受賞の喜びを語った。

「真実味のある豊かな言葉でこの作品を評価していただき心から嬉しく思います。僕はクリスチャンではないし、神さまの教えがこの作品にあるかは分かりませんが、主人公が困難な境遇に陥(おちい)って、それでも人生を諦めることなく自分のできることを必死にやって、新しい人生を豊かに歩み出すというところは、もしかすると神さまの教えに似ているのかなと思っています。また、今世界中で起こっている争いごとは和解すればいいと、作品をとおして訴えているところがあるので、このへんも平和を希求するという意味で信仰の道と相通じるものがあったのかもしれません」

上映会に先立ち、酒井補佐司教は鑑賞するにあたり、「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい」(ローマ人への手紙12章15節)という聖書の言葉を引用し、映画を見るときの心持ちについてこう語った。「映画に入り込んで登場人物の人たちと、あるいは登場人物のひとりとなって共に喜ぶ、それは人として私たちが追求していくものです。そういうことを味わわせてくれる素晴らしい映画です」

晴佐久神父(左)と安田監督(右)

上映後、安田監督と晴佐久神父との対談が行われた。まず、上映中の会場の様子について聞かれた安田監督は、「よく笑って、拍手もくださり、とてもいい上映会でした。クリスチャンの方がこの映画をどのように感じてくれるかとても気になっていたのですが、地方のホール会場と同じだったので安心しました」と感想を述べ、会場を笑わせた。晴佐久神父は、「共に喜び、楽しむことをキリスト教では神の国と言ったりするのですが、まさにそういう体験を作ってくれてありがとうございます」と語った。

現代にタイムスリップした主人公が、テレビに映る時代劇を見て涙を流して感動し、「人の世の悲しみ、喜びが、誠のものとしてありました」という台詞に救われる思いがしたと晴佐久神父が話すと、安田監督は「自分が作ったものをああいうふうに見てもらえたら嬉しいと思うし、あんなふうに言ってもらいたいという理想の答えでもあります」と胸の内を明かした。それを受けて晴佐久神父は、「映画ならではの動く映像が、人と人を繋いでくことを見事に表現していて面白いなと思いました」と伝えた。

また、日本カトリック映画賞は日本アカデミー賞よりもずっと規模の小さい映画賞だと晴佐久神父が述べると、安田監督は「受賞を聞いてとても嬉しかったです。皆さんの思いで作られた手作りの映画賞だと感じています。そして何よりも、面白い場面では思いっきり笑い、悲しい場面では思いっきり泣いて、素直な気持ちで鑑賞してくれる皆さんの前で賞をいただけたことをものすごく嬉しく思っています」と力を込めた。

同時に、歴代の受賞作の中で自分の映画は「毛色」が違うと感じていること、この受賞はかなりの冒険だったのではないかとたずねた。それに対して晴佐久神父は、「ヒューマンドキュメンタリーのような映画も素晴らしいですが、ただ、それらを見てその中の出来事に感動しても、実際に自分ではできないというか、やらないですよね。それよりも、監督の映画を見て気が晴れて、人に優しくできたり、元気が出て自分も何か頑張ってみようかなと思ったりするほうが福音的ではないかと思っています」と答え、安田監督もこう続けた。

「僕も苦しんでいる思いを描くというのは大事なことだと思いますが、苦しんでいる人を助けたりするのは、本来宗教の役割であるし、さらに言えば行政がやるべきこと。映画はそのきっかけを与えるけれども、映画から問題提起をしたりするのはどうかなと思うところがあリます。映画を見た時の元気で、苦しい現実と闘うようなそういう映画を作りたいなと思っています」

もともとテレビの時代劇が大好きだと話す安田監督。理由は、そこに描かれている市井の人たちが、損得抜きで助け合うという姿に心惹かれるからだという。「『寅さん(男はつらいよ)の世界にも通じるような気がしますが、温かい世間の人と人との交わりみたいなものをこの映画で絶対に出しかった。テレビの時代劇に愛着を持っているのはチャンバラ云々というよりも、助け合う人たちが毎週のように出てくるその世界に憧れを持っていたからだと思います」

「温かいコミニュティに憧れているのだけれど、実際は全然ありません。でもこういう映画で人と人のつながりが一番大事だよねと感じて、会場の皆さんも帰り道で友だちになって、仲間になれたらとどんなにいいか。映画にはそういう力があると本当に思う」と晴佐久神父。泣いて笑って、人を喜ばせる映画を作る安田監督に、神父としても親近感を抱いていることも打ち開け、皆を心から本当に喜ばせることができる作品を作った安田監督に敬意を表した。

会場を訪れたカトリック信徒の夫婦は、「シーンの一つ一つが印象深く心に残った。登場する人たちが優しく親切で、平等や謙遜という言葉が思い浮かび、カトリック的な映画だなと思いました。大笑いしましたが、主人公がケーキを食べながら、『日本はこんな豊かな国になったのですね』という台詞には胸が熱くなりました」と感想を語った。

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