9月6日「わたしたちの指導者たち」

助けを得ようと指導者のもとに行くと、「わたしたちの指導者たちは、わたしたちが何を話しているかが分からない」ということに気づかされる。彼らはわたしたちに「ストレス管理プログラム」や「聖地旅行」や「家族療法」に参加するよう勧める。あるいは「ユング心理学に基づくマイヤーズ・ブリッグスタイプの自己理解メソッド」を勧める。そうして、わたしたちにぴったり合った役割を見つけ、わたしたちが一層機能するように仕立てあげる。わたしたちがそれに興味を示さないと、わたしたちの指導者たちは早口で、そして大声で、話し始める。わたしたちが何か別のことに興味を持ち始めると、わたしたちの指導者たちは広告コンサルタントを雇いキャンペーンを企画し、わたしたちやわたしたちの友人たちを魅了するために工夫をする。そのような広告キャンペーンは度々機能して、人集めに成功する。あるいは「人と付き合う際に面倒を一切なしに出来ないものか」と考える人々が大勢集まる。あるいは「自分の人生について自分の主張を一切曲げることなしに、神と親しくなる方法を知りたい」と願う人々が大勢集う。だが、それらは「わたしたちを」魅了しない。わたしたちが手に入れたいと願っていたのはそもそも何だったのだろうか。それは「親密と超越」「身近な友人たちと身近な神」「愛と礼拝」である。
 

イエスはこう言った。「あなたがたの幼い子どもが魚を欲しがるならば、皿の上に生きた蛇を与え怖がらせるだろうか? あなたがたの幼い娘が卵を欲しがるのに、サソリを与え驚かすだろうか? このように、あなたがたは悪い者でありながらも、そのようには考えない……。自分の子どもに対してなら、とりあえずもう少しまともな対応をするだろう。愛の内にあなたを包んで考える天の父は、あなたの求めに応えて、あなたに聖霊を与えてくださる。あなたはそんなことも分からないのか?」
 ―― ルカによる福音書11章11~13節

*引用される「聖書の言葉」はピーターソンさんの翻訳・翻案を訳したものです。

63db463dfd12d154ca717564出典:ユージン・H.ピーターソン『聖書に生きる366日 一日一章』(ヨベル)
書籍のお求めは、ヨベルオンライン公式ストアアマゾンストアで

この記事もおすすめ