6月30日「自由を扱う専門家」

 自由とは抽象的なものではない。自由とは「物質的なもの」でもない。それは贈り物であり技能でもある。自由とは賜物である。それは他人の手によって生み出されたもの。自由とは技能である。現実という制約とは何かを学ぶ中で、各自が訓練して身につけなければならないもの。自由を理解しようとするならば、わたしたちは誰かから学ばなければならない。もし、わたしたちが自由を獲得したければ、それは、わたしたちは訓練を受けなければならない。

 「ガラテヤの信徒への手紙」というパウロの書簡には、自由を獲得するための最良の手がかりがあると思う。聖書記者も多くいるが、パウロこそ、自由の問題に関しての専門家である。

わたしの提案はこれだ。
神の御霊によって、自由に、活気をもって、
やる気を出して、生きて行きなさい。
自己中心的な衝動に
  肥え太らせることがないようにしなさい。
わたしたちの中には自意識過剰という
  罪深い根があるのだから。
この罪の根は、
自由の霊と折り合いの悪いものなのだ。
自由の霊はまさに、
  利己主義と全く両立しないのだから。
―― ガラテヤの信徒への手紙5章16、17節

*引用される「聖書の言葉」はピーターソンさんの翻訳・翻案を訳したものです。

63db463dfd12d154ca717564出典:ユージン・H.ピーターソン『聖書に生きる366日 一日一章』(ヨベル)
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