台湾原住民*の伝統文化の保存と継承の課題について紹介したい。
台湾の原住民の伝統文化の知識は、記憶の口伝、歌や踊りの伝承、生活技能の教育などを通じて伝えられてきた。しかしながら、原住民が古くから生活の中で築き上げた伝統文化の本質は、単なる口伝や音楽・舞踊などの目に見えるものにとどまらず、さらに言えば日常生活の多様な側面において代々受け継がれてきた、無数の知恵の精髄とその価値であり、部族の生命そのものと言える。
台湾政府の原住民族委員会は、2021年から2025年において、原住民の伝統知識をより掘り下げて発展させるため、国家教育機関との連携を図り、「原住民族の教育文化知識体系構築計画」を推進している。例えば、宜蘭県政府の原住民族教育資源センターでは、以下のように伝統文化を分類している。
(1)生活技能:衣、食、住、移動といった基本的な生存技能や天文学・暦など、(2)信仰と儀式、(3)倫理と禁忌、(4)族群関係と部落の歴史、(5)部族語と文学:日常の部落生活での言語、物語、神話、民謡、祈祷文学など、(6)社会組織、(7)芸術と舞踊:刺青、衣装、装飾品、意匠、工芸、年齢を問わない遊びやスポーツなど。音楽・舞踊には歌謡、祝賀/厄除け/戦士の舞、楽器演奏が含まれる、(8)環境生保全:動植物の生態とその利用・保全、土地利用、エネルギー利用、環境の選択と禁忌など。
では、各部族の生命の神髄を守り、次世代に伝え、さらに社会的影響力として広げていくにはどうすればいいのか。また、原住民の伝統文化の知識体系をより発展させ、より深く根付かせるにはどうすればいいのか。そのためには、原住民自身が主体となり、学術研究や伝統知識体系の構築に積極的に関与できるよう支援することが求められると筆者は考える。外部からの押し付けではなく、内部からの自発的な取り組みこそが、伝統文化の復興や保存の鍵となる。
原住民の伝統知識体系の構築は、部族外の社会(漢人社会)に対しては原住民の美しい伝統価値の理解と尊重を促し、部族内においては若者世代が部族伝統文化をより理解するための一助となり、ひいては民族主体意識を構築し、自尊心を再建させることにつながる 。また、部族外の社会との対話や共有を促し、変化の速い世の中において新旧の知識が融合したより良い価値を生み出すことにつながるだろう。このモデルケースとも言えるのが、台湾の原住民社会に根付くキリスト教会の働きだ。
今日では原住民の部族語教師の約70%がキリスト者であり、部族語による礼拝が教会を通じて実践されている。そのため、台湾で唯一、原住民を主体とする玉山神学院では、創立以来、全学生が必修課程として自分の部族語を履修し、卒業後も各自の部落に戻り部族語を活用することを奨励している。この取り組みは、文化伝承とキリスト教福音の伝道の両面に寄与している。
各部族自らが地元の部落現場に戻り、主体的に部落文化を整理・記録できるようにすることが、部落文化の主体を原住民自身に取り戻すことにつながり、原住民各部族が部落の伝統文化を形作ることとなる。このようにして原住民の伝統文化の知識体系を策定・構築し、教育や実践を通じてそれらを伝える仕組みを形成することで、伝統文化が保存され、未来へと継承されていくことが期待されている。
(原文:中国語、翻訳=笹川悦子)
*訳者註:台湾の地に外来移民や植民地支配が及ぶ以前から、台湾には人が住み、自らの言語・文化・風習・生活エリアで自分たちの生活を送っていた。しかしその後、外来移民や植民地支配による一方的侵略及び剥奪により、これら住民は暮らしていた土地を追いやられ、のけ者にされてしまった。この元の住民こそが、台湾先住民(原住民)だ。現代において台湾の先住民への理解と尊重は高まってきているが、それは今もなお発展途上である。
甦濘・希瓦
スーニン・シーワ 台湾の原住民族プユマ族。玉山神学院卒業後、台湾神学院で神学修士・教育修士、香港中文大学崇基学院神学院で神学修士。現在、台湾基督教長老教会・玉山神学院(花蓮県)のキリスト教教育専任講師、同長老教会伝道師。