台湾先住民の「正名運動」の歴史と展望 甦濘・希瓦 【東アジアのリアル】

台湾の地に外来移民や植民地支配が及ぶ以前から、台湾には人が住み、自らの言語・文化・風習・生活エリアで自分たちの生活を送っていた。しかしその後、外来移民や植民地支配による一方的侵略および剥奪により、これら住民は愛着を持って暮らしていた土地を追いやられ、のけ者にされてしまった。この元の住民こそが、今日における台湾先住民(中国語=原住民)だ。

台湾先住民は、幾度にもわたる植民地支配の中で、「蕃人/高砂族/山胞/先住民」と名付けられ、他の人々と区別されてきた。これら名称は、植民地時代の種族分化・隔離政策上のみ使用されたわけではなく、歴代の植民地宗主国「オランダ/スペイン/明/清/日本/中国国民党/今日の台湾」による先住民族への無視・差別・偏見・汚名などの行為をも意味し、また今日に至る先住民への尊重と和解をも示している。

1994年(民国83年)7月28日、国会での最終決議(三読)をもって、中華民国憲法修正条文第九条七項「国家は、自由地区に住む先住民の地位及び政治参加を保障し、教育文化・社会福祉及び経済事業における先住民族の発展を助け、促進させる」が制定された。憲法の修正条文は同年の8月1日に総統によって施行公布され、先住民の十年来の名称改正運動『正名運動』に応える形で、従来の名称「山胞」は「先住民」に改正された。

正名運動に参加する台湾先住民(撮影=林宜瑩)

そして2005年、台湾行政院において「記念日及び祝日実施の条例」が制定され、毎年8月1日は「先住民族の日」として記念日が定められた。さらに、2016年の「先住民族の日」、台湾総統は政府を代表し、先住民に謝罪しこう述べた。「先住民族の『正名(名称改正)』は、長期にわたり使用されていた差別的名称を撤廃しただけでなく、先住民とは台湾の『元々の主人だ』という地位を明白にした」

先住民族による「正名運動」とは、他者から与えられた名称を使用するということではなく、先住民自らが他者からどう呼ばれるかを決めることだ。これは、先住民自らが民族主体意識を構築し、自尊心を再建し、社会における正当な地位を追求することに他ならない。先住民が台湾本来の主人だと表明することは、先住民の台湾での特別な地位を表すことにもなる。また、「正名運動」を記念することは、先住民の地位を回復させ、台湾国民の先住民に対する正確な認知を呼び起こすことにつながる。「先住民族の日」とは先住民だけのものではなく、全国民が享受する「国家記念日」だからだ。

台湾先住民の正名権・土地権・自治権の憲法明記を訴えるポスター(1994年)

「先住民」という正式名称が憲法に刻まれるのに先立ち、台湾基督長老教会では、早くから「山胞」という名称を「先住民」に改定し、その祖先らが何千年も前から台湾に定住していたことを認めている。「人権とは神より賜った恵みであり、人は自分の運命を自ら決める権利を有する」。この言葉は台湾基督長老教会が1971年に国際社会に対して発議した「国是声明」の末尾だ(訳註=この年、米中は国交を回復し、台湾は国連から追放された故、ことさらに「国是」を国際社会に宣言する必要があった)。

さらに1972年3月、高俊明牧師は「信仰と神学的側面からの国是声明と建議」を発議し、こう唱えた。「『国是』の表明は信仰の告白が基になっている。国家存亡時におけるキリスト教徒は、責任ある市民として社会で『世の光、地の塩』となるべきだ。外来政治圧力によって教会の本質や使命、人権が冒された際、福音の真理のために教会は自らが戦うべきであり、神がご自分の似姿として人に賜った人権を守らなければならない」

「台湾」(訳註=「中国、中華(China)」という名称ではなく、「台湾(Taiwan)」を国際的な正式名称とすることを指す)をめぐる「正名」、これもまた今日の先住民族は期待し続けている。(翻訳=笹川悦子)

甦濘・希瓦
スーニン・シーワ
 台湾の原住民族プユマ族。玉山神学院卒業後、台湾神学院で神学修士・教育修士、香港中文大学崇基学院神学院で神学修士。現在、台湾基督教長老教会・玉山神学院(花蓮県)のキリスト教教育専任講師、同長老教会伝道師。

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