聖書事業懇談会が4月10日、大阪クリスチャンセンター(大阪市中央区)のOCCホールで開かれた。そこで、12月刊行予定の「聖書協会共同訳」についての講演を、翻訳者・編集委員である飯謙(いい・けん)氏(神戸女学院大学総合文化学科教授)が行った。その内容を連載でお届けする。
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2 単語の検討から
(1)研究の進展や日本語の変化による昆虫、宝石、祭儀などの名称の厳密化
最初に紹介したいのは、研究の進展や日本語の変化によって、昆虫や宝石、祭儀などの名称が厳密化されてきているということです。実は「新共同訳」では少々ぶれがありました。
たとえば、従来「いなご」と訳されてきた語「アルベ」は、「ばった」と訳されることになりました。訳語検討に際して初めて知ったのですが、日本聖書協会には以前から「早く修正するように」との意見が寄せられていたそうです。かつて日本の文脈では、「いなご」が「ばった」も含む総称と考えられたこともあったようですが、近年は区別して用いられているということです。
少し細かい話になりますが、日本では「いなご」が食物にもなるため、この名称はよく浸透しています。しかし、中東地域で大量発生して穀物に被害をもたらすのは「ばった」の種類(サバクトビバッタ、トノサマバッタ)で、「いなご」ではない。また、その地域で「いなご」を食べる習慣はなく、もっぱら「ばった」を食べるそうです。この語がまとまって用いられる出エジプト記10章、アモス書7章、ナホム書3章などを声を出して読んでみますと、少し異なる響きが感じられるかもしれません。
それから、やはり私がまったく知見のなかったところで、「酵母」についても述べておきたいと思います。「口語訳」では「種を入れぬ(た)パン」と訳された箇所が、「新共同訳」で「酵母を入れぬ(た)パン」と訳されました(出12:18-20、23:15、18など)。しかし「酵母」は、紀元19世紀以降に存在が認識された菌類の総称で、紀元前の中東社会で使われることのない単語です。もちろん、動的等価訳ということなのかもしれませんが、時代考証の観点から問題があるとして、「種なし(入り)パン」を用いることとなりました。
ほかにも、宝石、動植物の名称、祭儀用語、軍事兵器、構築物などについて、慣用的に使われていたものも含め、考古学的な検証に耐えられる訳文を心がけました。
(2)人間の重さ
人間の重みに対する考えとして、「はしため」にも言い及んでおきます。これは「口語訳」の旧約では47回(新約を含めて48回)、「新共同訳」では32回(同35回)使われていました。
聖書になじんだ人には耳慣れていて、それほど違和感がなかったかもしれません。「文語訳」では「婢女(はしため)」(ルカ1:38)と訳されました。手元の『古語辞典』(旺文社)では「端女」と書き、数に入らない、人として扱われない状態にある人を指します。「新共同訳」では、何か特定の語(アーマー、シフハー)の訳語ということではなく、文脈の中で自由に使ったようです。歴史的には、その女性が一人の人間として見られない、望ましくない状況にあったということでしょう。
現代に聖書を読む者として、それを看過、容認することはできません。新たな方向を目指そうと議論し、「仕え女」とすることとしました。
テクストによっては、「男奴隷」に対する「女奴隷」(特に歴史文書)も考える必要が出てくると思われます。宮廷用語としては「仕え女」や「女奴隷」がふさわしくないケースも想定されますので、「女の召し使い」といった類語も考案されています。いずれにせよ、「はしため」は使わないことにしました。(次ページに続く)
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