病室にて患者さんの臨終が近づくと、医療者たちは家族にしばしばこう告げる。「今のうちに、会わせたい人に会わせてください」――もちろん、それは必要なことばである。旅立とうとしている本人と、大切な人々との別れの時を持ってもらうための、医療者としての誠実な配慮でもある。
しかし、そのことばが、残された最後の大切な時間を壊してしまうこともある。そう告げられた家族は、すぐさま携帯電話を握りしめる。そして、思いつく限りの人に電話をかけ始める。30分、1時間と時間が過ぎていく。親戚、友人、兄弟、知人。誰に伝えるべきか。誰を呼ぶべきか。誰に連絡しないと後で責められるのか。ショック状態の中で、家族は必死に電話をかけていく。
けれども、電話の向こうから返ってくる言葉は、張り裂けそうな家族の心を支えるものになるとは限らない。「え? 何言ってるの? お母さんのこと言ってるの? この前まで元気だったじゃない!」「どこの病院にいるの? どうしてそうなったの?」「お医者さんは何て言っているの?」「ちょっと落ち着いて。今、横に誰がいるの?」
残念ながら遠くにいる親戚や友人に電話をかけても、多くの場合、返ってくることばはこのようなものになってしまう。もちろん、電話の向こうの人々にも悪気があるわけではない。突然の知らせに驚き、混乱し、状況を理解しようとしているだけである。
しかし、極限状況にいる家族の心を支えることは難しい。それどころか、そのやり取りによって家族の不安と混乱はさらに大きくなり、誰もそばにいてくれないような、さらなる孤独に突き落とされることもある。
そして、もう一つ考えなければならないことがある。そのすぐ横で、死に向かおうとしている本人の耳に、その電話の声が聞こえているということである。
「どうしてそうなったの?」「本当にもうだめなの?」「お医者さんは何て言っているの?」「今から行った方がいいの?」――その声を、本人はどのような思いで聞いているのだろうか。ともすれば最後の息を引き取るその瞬間にも、最愛の家族は自分に語りかけるのではなく、電話に向かって話し続けている。人生の最後の時間。本当なら静かに手を握り、感謝を伝え、想いを語り、本人が安心して旅立てるように整えられる大切な時間である。
だからこそ援助者は、トラウマインフォームドケア、そしてスピリチュアルケアの観点から状況を見てことばを選ぶ。パニック状態のご家族にはまず座ってもらい、呼吸を整えてもらう。水を一口飲んでもらい、身体と神経を少しでも落ち着かせる。極限の混乱とショック状態で立っちすくんでいる状態から、いったん今ここに戻ってもらうための小さな時間をつくる。そのうえで、静かに語りかける。「今、お母さんがこの最後の時に望んでいることは何だと思いますか」「お父さんは、最後の時間を皆さんとどのように過ごしたいと思っていると感じますか」「お母さんは、最後にどのような言葉を家族から聞きたいと思いますか」「それを、今ここにいるご家族で語りかけてあげてください」「とてもお辛い時だと思います。でも今は、最後の最も大切な時間です。どうか、この時間をお母さんのために使ってください」。このような語りかけが、家族の想いを、電話の向こう側にいる親戚や友人ではなく、目の前にいる大切な人へと戻していく。
それでも、大切な家族が、苦しそうな息で死に向かうのを見守らなければならない。これほど苦しいことはない。だが、この最後の時間は、落ちていく砂時計を苦しみながら見つめるだけの悲しみだけの時間ではない。目の前の大切な人に、これまで共に過ごした思い出を語り、言えなかった後悔を伝え、感謝を届ける。そして、また会いたいという魂のことばを届ける。それは人生の最後に残された、最も深く、最も豊かな時間でもあるのだ。
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