日本語や日本文化を学ぶ留学生に、なぜ学びの地として日本を選択したのか、その理由を聞くと大方の学生が幼少期(あるいは現在まで)に見たアニメをきっかけに日本に興味を持ったと答える。筆者が驚いたのは、複数のムスリム学生もまた、さまざまな日本の漫画やアニメに触れ、日本語を学ぶきっかけを得ていることである。
イスラームでは偶像崇拝を禁止しているために、漫画やアニメに興じることは好ましいことではない。ただ、中東地域ではテレビで日本のアニメを視聴することができる。特に「ポケットモンスター」のような子ども向けのアニメがテレビで放映されている。子どもたちはイスラームについての知識もまだ十分でない上に理解できないこともあって、親が視聴を放任していることもある。だが、厳しい家庭ではアニメの視聴を禁止しているところもある。
ところで、15年以上前にイギリスを訪れた際、ムスリム第2世代の20代の女性と仲良くなった。彼女はロンドン市内のモスクで開催されていた女性の集いで知り合った女性である。彼女は日本のアニメが好きで、筆者が日本人であることを知ると、さまざまなアニメの名前を挙げて、これは見たことがあるか、あれはどうか、などと聞いてきた。彼女に出会うまで、モスクに来ているムスリムはイスラームの信仰にあつく、そして厳格であると考えていた。信仰にあつい者にとってアニメ視聴は偶像崇拝と受け捉えるため、絶対に見ないと思っていた。
彼女によれば、アニメの視聴は別に問題ないという。信仰心が揺らがないものであれば、たとえアニメのような、厳格なムスリムたちが偶像崇拝と捉える嗜好を持っていたとしても問題はないのだろう。モスクでの女性の集いにも参加し、ムスリムとしての自己を認識している彼女にとっては、アニメはアニメ、イスラームはイスラームと、心の中で切り離して考えているのではないか、そのように筆者は感じたのである。
ムスリム留学生の中でも、とりわけインドネシアやマレーシアなどのムスリム留学生もまた、幼少期に日本のアニメを視聴して、日本について知りたい、あるいは日本語を学びたいと思うようになった学生たちが多い。筆者が受け持つ日本文化の講義の中でアニメについて話をすると、これは見た、あれは知っているなどと懐かしがる学生たちもいて授業が盛り上がる。彼らにとってアニメは日本を知るきっかけでもある。大人になった今ではアニメを見ることはないという者もいるが中には、成人した今でもインターネットでさまざまな日本のアニメを視聴していると述べる者もいる。今でも日本のアニメを視聴する学生の中には、将来アニメに関わる仕事をしたいと言って、日本で政治や経済を学ぶことを望んでいる親の反対を押し切って、日本の大学でアニメと画法について勉強している者もいる。
イスラームでは偶像崇拝を禁止しているが、たとえアニメ視聴をしたところで彼らの信仰が揺らぐこともない。たとえアニメのような世俗的なことに興じているとしても、彼らにとって漫画やアニメはあくまでも趣味や嗜好の一つであり、彼らの中ではイスラームときちんと切り離して考えていると言えるだろう。
小村明子(立教大学講師、奈良教育大学国際交流留学センター特任講師)
こむら・あきこ 東京都生まれ。日本のイスラームおよびムスリムを20年以上にわたり研究。現在は、地域振興と異文化理解についてフィールドワークを行っている。博士(地域研究)。著書に、『日本とイスラームが出会うとき――その歴史と可能性』(現代書館)、『日本のイスラーム』(朝日新聞出版)がある。