牧師の肩書きで名乗りを上げた候補者をはじめ、複数の「クリスチャン」候補が乱立した参議院選挙。日曜日の投開票日を控え、教会内外でさまざまな応援者の声を見聞きした。既存政党の枠組みにとらわれず、市民ネットワークから出馬して市原市議会議員2期8年、千葉県議会議員3期12年の計20年にわたり地方議会に関わってきた山本友子さん(日本基督教団京葉中部教会員)に話を聞いた。
30歳で受洗、市議会で学童保育を拡充
山本さんが立候補した2000年代初頭、女性、障害者、高齢者、子どもなど、弱い立場の声が政治にほとんど反映されていない状況があった。もともと社会的な活動に熱心な教会とめぐり合い30歳で洗礼を受け、教会が東南アジアとの国際交流活動などを積極的に行っていたこともあり、市民の日常にある理不尽や困難な課題を解決するために女性が主流となって立ち上げた団体から出馬。仲間の応援をもらいながら選挙戦を戦った。当時はいわゆる「専業主婦」が多い時代でもあったため、社会参加に前向きな女性を後押しする機運があり、当選を果たすことができたという。
市内に学童保育がまったくなかった市議会議員時代は、「質の良い学童保育を」と訴えた。「小学生にもなって保育は要らない」「子どもを預けてまで働くのはおかしい」との声がまだ根強かったが、どうにか2カ所の公的学童保育がスタートし、子どもを預けたいという家庭が増えると、行政もニーズの高さに気づき、今では市内に多くの学童保育が実現している。
「原点の聖書に立ち返る」 教会と選挙活動
自身の政治活動に、キリスト教の信仰はどう影響したのか。
「教会での礼拝や信仰がなければ、そもそも立候補もしていなかったと思います。具体的な政策について迷った時は、いつでも原点である聖書のみ言葉に立ち返ることができるのはクリスチャンである強みです。礼拝を重ねる中で絶えず試され、養われているのだと思います」
当初、判断の困難な問題に直面し、信頼する先輩議員(ノンクリスチャン)に相談したところ、「人権を守るという観点から、その政策が弱い立場の人を守るかどうかを基準に考えればいい」と助言をもらった。「この最も小さな者の一人にしたのは、すなわち、私にしたのである」(マタイによる福音書25章40節)との聖句にも通じる指針を再確認し、ぶれずに決断できる勇気をもらった。
与党か野党か、政党の如何を問わず、人権を守るという観点から主張すべきことは主張し、政策の是非を一歩退いて考え、判断するという姿勢を一貫して貫くことができたのは、信仰の故だと語る。
選挙活動について尋ねると、意外にも教会内ではチラシを配ったり、投票依頼をしたりしたことはないという。
「もちろん、自主的に応援してくださる教会の友人もいましたし、多くの支援をいただきました。でも教会内では、わきまえて積極的にアピールすることはしていません。選挙は広く有権者から評価されて議員になるわけで、信仰の仲間に『同じクリスチャンなんだから1票ください』と頼むのはちょっと違うと思う。候補者のプロフィールに、クリスチャンであることや、牧師であることを書くのは、私はしたくないですね。『クリスチャンですか?』と聞かれたら、『ハイ』と答えますが」
議員になってからはクリスチャンであるなしにかかわらず、弱者の立場に立って活動する尊敬すべき議員と情報を共有し、歩みを共にしてきた。教会側も、議員という肩書きがあるからといって、特別扱いすることはなかった。
敬愛する武藤富男の立候補
武藤富男(キリスト新聞社初代主筆)との意外な接点についても打ち明けてくれた。
山本さんがまだ求道中のころ、武藤は会堂も持たない小さな伝道所に特別伝道集会で訪れていた。親交のあった石丸実牧師の知己ということで応じたのだという。「器の大きさを感じさせる古武士然とした風貌で、独特のオーラを放っていました。にもかかわらず、そのお話は分かりやすく、率直で受洗前の心に染みました」。その後、著書『キリスト教入門』を読み、さらに尊敬の念を強くした。
その武藤が今から30年以上前、クリスチャン政党の立ち上げを夢見て自ら立候補した。「石丸牧師から武藤先生の立候補の話を聞き、正直驚きました。牧師は『自分は武藤先生を応援するが、皆さんは皆さんで判断してください』と言って、決して私たちに強要することはありませんでした」。結果は落選。「あれだけ人間的に素晴らしく、著名な人物でも選挙で落選したことに再び驚きました。統率された宗教教団なら、その動員力で当選できていたかもしれませんが、教会というところは、同じ信仰を持つ者ならば当然投票すべし、という強要はせず、出馬も投票も、最終的に自分で考えて決める。そこに教会の『健全さ』を感じました」
「武器では平和を守れない。対話による平和希求を目指すべき」
70歳を機に議員を引退した山本さん。現在はボランティア活動に専心する。今回の参院選に向けて、以下のコメントを寄せた。
「国政選挙は国の方針を大きく変える選挙。ロシアによるウクライナ侵攻が、かつてないほど日本の防衛体制の強化を促す口実になっている。決して軍事費増で国の安全は守れないはずなのに、その主張は霞んでいる。さらに、投票日直前の安部晋三元総理が凶弾に倒れるという事件が追い打ちをかけた。しかし、時が良くても悪くても、教会は『武器では平和を守れない。対話による平和希求を目指すべき』の声を上げなければならない。
イエス様がペテロとの対話の中で『あなたは、どう思うか?』と問われる場面がある。『あの人がこう言っている』でなく、私たち自身の考えを鋭く問うておられるのだと思う。選挙は大切。誰かに頼まれて投票するのでなく、小さな自らの決断としての1票を投ずるのが選挙だと思う。その思いが国を変えていくはずだと、今も信じている」
やまもと・ともこ 石川県珠洲市生まれ。早稲田大学教育学部卒業。結婚後、市原市へ移住。日本基督教団京葉中部教会。市民ネットワークの活動を通じて市議2期、県議3期を経験。現在、日本語教室ボランティア。