【塀の中からハレルヤ!】(6) 元暴力団幹部・吉田譲二さんが洗礼 高級車に乗るよりも空を見上げる幸せ

罪人の友主イエス・キリスト教会(進藤龍也牧師)で、先月、洗礼式が行われた。コロナ禍でも毎週のように新規来会者が絶えないという同教会(通称:罪友)を訪れた一人で、受洗した元暴力団幹部の吉田譲二さんに話を聞いた。

洗礼を受ける吉田さん

2021年6月、罪友教会で洗礼を受けた

吉田さんは、1949年に米軍人の父、日本人の母の元に横浜で生まれた。生後、しばらくは両親と暮らしていたようだったが、当時の記憶はほとんどない。父はやがて、朝鮮戦争へ。それから生死もわからず、失踪してしまった。母は横浜で暮らしていたが、吉田さんは親戚を転々とすることになった。毎日、夢に見ていたのは父と母と共に暮らす自分の姿。しかし、夢に出てくる父と母の顔には目や鼻、口がない。記憶にない両親の顔は、夢の中でも描かれることはなかった。小学1年生の時に、母と再会。しかし、それからも母と一緒に暮らすことはなかった。

次に母と再会したのは、吉田さんが少年院に3回目の送致をされた時だった。荒れた少年時代を送った吉田さんは、「とにかく寂しかった。親戚の家にいても、やはり気をつかってしまう。邪魔者扱いされているのでは……と感じたこともあった」と当時を振り返る。

寂しさから、自分の居場所を仲間と一緒にいることで、見いだしていたという。好奇心から、仲間と一緒に窃盗をしたり喧嘩をしたり、夜中まで繁華街で遊んでいたり……を繰り返した。

十数年ぶりに再会した母は、暴力団の男性と再婚していた。少年院に迎えに来たのは、母と義父だった。義父は、吉田さんを「若い衆の一人」とでも思っていたのか、母を「姐さん」と呼ばせた。そんな義父に嫌悪感を覚えた吉田さんは、実家を出ることに。友人の家に転がり込んだ。

成人を迎え、すぐに暴力団のメンバーに。結束力があり、「疑似」であっても家族のような「組」に居場所を見いだした。「兄貴」「親父」と呼び合うのも、家族がいない吉田さんにとっては、喜びの一つだった。

薬物、銃刀法違反、殺人未遂――さまざまな違法行為を繰り返し、合計で、服役年数は46年にも及んでいる。「娑婆にいる期間の方が短い計算ですね」と吉田さん。

暴力団の世界と塀の中での生活しか知らない吉田さんが、なぜ、キリストに導かれるようになったのだろうか。

最後の服役となった刑務所で、同じ受刑者の仲間から「埼玉に同じくヤクザだった牧師がいる」と聞かされていた。その前から、聖書はずっと読んでいた。すでに7度の通読を終わらせているという。「時間があったから」とその理由を淡々と話した。

年齢と共に体調に異変が起こり、刑務所にいるときも、出所後も、病魔が吉田さんを度々襲った。何度も昏睡状態に陥ったり、一時は生死をさまよったこともあった。

弟分の一人が「兄貴が、こうやって今も生きているというのは、何かまだやらなければならない使命がこの世に残っているからじゃないですか」と漏らした。

「何をいってるんだ。もう老いぼれ爺さんだよ」と話したが、その時に、ふっと進藤牧師のことが頭をよぎった。

「よし、この人に電話してみよう」

初めて持ったスマホで罪友へ電話。進藤牧師と話をして、次の日曜日に礼拝へ行くと約束した。

吉田さんは、進藤牧師の「叔父貴分」にあたり、いわゆるその組織では、進藤牧師よりも格上。しかし、「俺は、冷やかしで来たのでなくて、まじめに話をしにきた。俺にキリストを教えてほしい」と話した。吉田さんは、進藤牧師を見て、「この人から学びたい」と心から思ったという。

「私は、教会では「叔父貴」とは呼びません。つまずきを与えないためにです。でも、個人的には親しみを込めて呼ばせてもらっています。彼の証と同じで血縁関係に憧れてヤクザになりましたが、キリストの血によって本当の霊的な永遠の家族になれたことを私はとても喜んでいるのです。吉田さんは稼業(渡世)の大先輩です。娑婆の組織で顔を合わせていたら、いくらお互いが足を洗ったからとはいえ、恐縮してやり辛かったことでしょう。しかし、私に会いに来た時はすでに神によって変えられた吉田譲二兄でした」と進藤牧師は話す。

洗礼式の写真

新しい人生をキリスト共に歩む決心をする

それから、吉田さんは毎週日曜日が楽しみになった。教会の友達も増えていった。

「今は、生活保護を受けながら、病院へ行ったり、友人に会ったりとのんびり暮らしています。教会の方々がLINEや電話をくださるので、寂しいことはありません」と話す。

高級外車を舎弟に運転させ、月数百万から数千万を動かし、湯水のごとくお金を使っていた過去。

一方で、生活保護を受けながら、つつましやかに暮らす今の生活。昔の生活に戻りたくなる時はないのだろうか。

「今は、雨が降っていなければ、毎日、散歩をしています。空を見上げて、雲を追いかけたり、花や草を見ながら季節を感じたり、本当にのんびりしますね。以前は、誰かから射殺されるか、誰かを殺してしまって死刑になるか……と思っていましたから、今は散歩ができるなんて夢のようです。今が一番幸せです」と語った。

進藤牧師は語る。

「彼の証にもあるように社会不在の方が圧倒的に多くて、昔気質の不器用なヤクザです。私のような平成のヤクザではない。また、私のような自分勝手なシノギでの服役ではなく、ヤクザらしい務め方をしている叔父貴分です。しかし、神様は不思議です。私の池袋時代の兄貴分も服役中に勝手に救われて、純福音教会で洗礼を受けてから罪友に遊びに来てくれました。そもそもこの男がいなかったら私は新宿の組織には行かなかった筈なのです。私とは水と油の仲の悪い兄弟、兄と舎弟!しかし、キリストの血によって、私たちを本当の兄弟にしてくれたのです。そんなことを思い出させる今回の吉田譲二兄との出会いでした」

キリストから与えられた温かな時間を慈しむように、今も吉田さんは毎週、教会を訪れている。

【塀の中からハレルヤ!】(5) 憧れの東京で自分を見失った半生から逆転人生へ

守田 早生里

守田 早生里

日本ナザレン教団会員。社会問題をキリスト教の観点から取材。フリーライター歴10年。趣味はライフストーリーを聞くこと、食べること、読書、ドライブ。

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