教皇フランシスコ(84)は5日、イラクを訪問した。
イタリア現地時間の同日朝7時半にローマを発ち、午後に首都バグダッドの国際空港に到着して、イラクのバルハム・サレハ大統領やムスタファ・カディミ首相と会談した。
6日は、中部の聖地ナジャフでイスラム教シーア派の最高権威であるアリ・シスタニ師を表敬訪問した後、南部ナシリヤ近郊ウルで諸宗教間の対話に参加する。ウルは、ユダヤ教とキリスト教、イスラム教で「信仰の父」とされるアブラハムの故郷だ。
(アブラハムらは)カルデアのウルを出発し、カナンの地に向かった。(創世記11:31)
主は言われた。「私はこの地をあなたに与えて、それを継がせるために、あなたをカルデアのウルから連れ出した主である」(同15:7)
信仰によって、アブラハムは、自分が受け継ぐことになる土地に出て行くように召されたとき、これに従い、行く先を知らずに出て行きました。(ヘブライ11:8)
訪問前の4日公表のビデオ・メッセージで教皇は、イラクの人々に次のように語りかけていた。
「何年もの戦争とテロリズムの後、赦(ゆる)しと和解を主に祈り求めるため、心の慰めと傷の癒やしを神に願うために、私は悔悛の巡礼者として伺います。平和の巡礼者として訪れ、『あなたがたは皆兄弟です』と繰り返すために。そうです、平和の巡礼者として、兄弟愛の追求のもとに、皆さんのもとを訪れたいと思っています。イスラム教徒、ユダヤ教徒、キリスト教徒をただ一つの家族として一致させる父祖アブラハムのしるしのうちに、共に祈り、歩みたいという望みに動かされて」
7日には、北部のアルビルでクルド自治区の政治・宗教関係代表と会見し、モスルで戦争犠牲者たちへの祈りをささげるなどした後、北部のアルビルにあるスタジアムでミサを行う。滞在は8日までの4日間。
教皇は新型コロナ・ウイルスのパンデミック(世界的な大流行)が始まってからは外遊を控えており、今回のイラクへの第33回海外司牧訪問は、2019年11月に日本とタイを訪れて以来15カ月ぶりとなる。教皇は機中で報道陣に「訪問を再開できてうれしい。この象徴的な訪問はまた、長年苦難を受けてきた国に対する務めでもある」と語った。
教皇は新型コロナ・ウイルスのワクチンを接種しているが、イラクは流行第2波の真っただ中で新規感染者が連日5000人を超えており、厳格なロックダウン(都市封鎖)の中での訪問となった。
教皇のイラク訪問は歴代で初めて。故ヨハネ・パウロ2世(1978~2005年在位)が1999年の終わりにイラク訪問を計画していたが、数カ月の交渉の後、サダム・フセインがそれを延期することを決定したため、またイラクに対する核査察問題などで米ロの対立が深まる中で見送られた。
イラクは国民の9割以上がイスラム教徒。フセイン政権の崩壊、イラク紛争やイスラム教スンニ派過激派組織「イスラム国」(IS)の破壊活動などもあって、イラク国内は依然、政権の安定からは程遠い。
イラクのクリスチャンは過去20年間で劇的に減少した。2003年のイラク戦争で、米国主導の有志連合がフセインを追放するため侵入する前には、国内に約100万~140万人のクリスチャンがいたが、長期戦とイスラム国による占領によってクリスチャンの数は30万~40万に減った。その後、イラクの大統領と首相は、国を逃れたクリスチャンを帰国させ、国の再建を支援するよう、しばしば招いた。それでも回復の夢は、経済危機や汚職、および170万人の国内避難民の窮状によって妨げられてきた。
ユニセフ(国連児童基金)によると、約400万のイラク人が人道支援を必要とし、その半分が子どもであると推定されている。新型コロナ・ウイルスのパンデミックを加えると、3800万人以上の状況は悲惨なままだ。その意味で教皇フランシスコがイラクを訪問することは、この長く苦しんでいる国に確かで新鮮な希望をもたらすと思われる。
教皇は3日の一般謁見で今回のイラク訪問について次のように語った。
「多くの苦しみを受けたイラクの人々、アブラハムの地における殉教者としての教会と出会いたいとの思いを、私は長い間、抱いています。また、他の宗教指導者たちと一緒に、神を信ずる者たちの間に、兄弟愛の新たな一歩をしるしたいのです。ぜひ、この司牧訪問がより良いかたちで行われ、実りをもたらすことができるよう、祈りをもって訪問を共にしてほしい」