立教学院展示館(東京都豊島区)で特別展「アメリカにおける日系人強制収容と日系二世──『小平尚道資料』が語るもの」が開催中だ。日系2世として米国で生まれた牧師・神学者の小平尚道(こだいら・なおみち)さん(1912〜2005)が残した資料を中心に、日系人強制収容の実態を伝える貴重な資料の数々を見ることができる。7月21日まで。
小平さんは米国カリフォルニア州オークランドで生まれ、日本神学校(東京神学大学の母体)と米国のパシフィック神学校で学んだ。日米開戦後の1942年4月、シアトルで長老教会の牧師を務めていた時、米国に住む日系人12万人が大統領令で立ち退きを命じられ、収容所に。小平さんもピュアラップ仮収容所を経て、アイダホ州のミニドカ(ミネドカ)収容所で45年7月までの約3年3カ月、抑留生活を送った。戦後はプリンストン神学校やエディンバラ大学、バーゼル大学で学んだ後、日本に戻り、自由が丘教会牧師、東京神学大学講師などを経て、55年、玉川大学教授に就任。66〜72年まで立教大学でも教鞭をとっている。
今回の特別展は、小平さんが残した資料を立教学院図書館に寄贈するとの申し出が小平さんの妻・史子さんからあったことにより実現した。
入り口を入ると、日系移民の問題が一覧できる年表が置かれ、全体像を確認できるようになっている。フランクリン・ルーズベルト大統領が署名・発令した「大統領令9066号」に始まり、当時の新聞のコピーや米国公文書館でデジタル化された映像により現地の様子が伝わってくる。
日系人収容所は10箇所造られ、1万人規模の日系人が収容された。米国側は「リロケーション(移転)センター」と呼んだが、人が住まない砂漠地などに造られた町は、鉄城門で囲われ、24時間の監視付きで、そんな呼び名にふさわしいものでなかった。
43年2月初めから、収容者の忠誠をはかるためのアンケートが実施された。これは、仮出所させてもいい人間を見極めることが狙いで、特に27項「軍務に就く意思があるか」、28項「天皇に忠誠を誓わないと言えるか」が物議を醸(かも)したという。どちらかでも「ノー」と答えれば不忠誠者とされ、隔離収容所「ツーレイク収容所」に送られることになった。
また2世の中でも、米国で生まれ育った「純粋2世」と、長い期間日本にいて米国に戻ってきた「帰米」の2種類に分けられた。小平さんは帰米であり、自分は米国に身を置くべきか、日本で生きるべきか、戦時下の日本で迷い続け、最終的に米国に戻ると決めたにもかかわらず、強制収容され、「11971」という番号をつけられてしまった。著書にはその時の憤慨した様子も記されている。
同展示館の豊田雅幸さんは次のように語る。
「若い学生にぜひ見てもらい、戦争の問題、現代的な課題である人種や移民の問題を少しでも自分に引きつけて考えてもらえたら。小平さんもこう書いています。『昭和と言う時代は、庶民がダマサレタ時代である。庶民はどんなことがあっても再びダマサレテはならない。そのためには、真剣に民主主義を学ばなければいけない。不勉強だからダマサレルのである』。絶えず批判的な精神を持って物事に向き合っていないと、だまされてしまう。今の時代にこそ必要な視点です」
アメリカにおける日系人強制収容と日系二世──『小平尚道資料』が語るもの
5月26日(土)~7月21日(土)
平日:午前10時~午後6時
土曜日:午前11時〜午後5時
池袋キャンパス メーザーライブラリー記念館 旧館2階(東京都豊島区西池袋3ー34ー1)
事前申し込み不要・参加費無料
※大学の休暇期間中は休館の可能性があるため、ホームページで確認を。