霊に満たされ、 詩編と賛歌と霊的な歌によって語り合い、主に向かって心からほめ歌いなさい。 (エフェソの信徒への手紙 5章18〜19節)
礼拝は、神との霊的な交わりである。神が招き、語り、働かれる。これに私たちが応答する。ここに神との交わりがある。礼拝で歌う賛美は、神の言葉と恵みの業に対する私たちの応答である。それゆえ、賛美歌には、神をほめたたえる歌があり、私たちの信仰、感謝、信頼、献身を表わす歌があり、 罪の赦(ゆる)し、神の助け、祝福を祈り求める歌があり、多様である 。
今日の聖句は、賛美する時に心がけるべきことの勧めである。「霊に満たされ」の 「霊」は、私たちの心を神に向けさせ、神の恵みにあずからせてくださる聖霊である。私たちは礼拝において、聖霊の導きを祈りつつ、 賛美する。
「詩編と賛歌と霊的な歌によって語り合い」とは、 賛美歌が 「語り合う」対話であることを教える。賛美歌は聖書の言葉を語り、キリストの救いを語る。また私たちは賛美歌によって信仰を語り合 い、祈り合う。礼拝において、私たちは 一人で歌っているのではなく、皆と声を合わせ、心を合わせて語り合う。
「主に向かって心からほめ歌いなさい」とあるように、 賛美歌は主に向かって歌う歌である。自分を満足させるために歌うのではない。ジョン・ウエスレー(メソジス卜派の創始者)は、賛美について「 一人残らず歌え。心を込め、力強く歌え。とりわけ、 霊的に歌え。音楽に酔うのでなく、神に捧げる歌として、神に向かって歌え」と勧めている。
賛美を歌うことは、神がなされる救いのみ業を、この世に高らかに宣 べ伝える奉仕である。神は、神に向かって捧げる私たちの賛美を受けて、ご自身のみ業を現される。