NHK連続テレビ小説「エール」とキリスト教(5)金須嘉之進と「シェヘラザード」

 

NHK連続テレビ小説「エール」(月~土曜、午前8時)の第4回で登場した教会は、日本基督教団・福島教会がモデルで、ロケは日本聖公会・福島聖ステパノ教会で行われたことを述べた。またその後、日本基督教団・福島新町教会が古関裕而(こせき・ゆうじ)の家の真向かいにでき、毎日、その教会の鐘の音を聞いて過ごしていたことも。ただ、古関はこうしたプロテスタントとの教会との接点だけでなく、「長崎の鐘」を作曲したことで、被曝したカトリック医師の永井隆と文通し、カトリックともつながりを持っていた。そして今回紹介するのは、もう一つのキリスト教3大教派である正教会との関わりだ。

古関は1952年、「ニコライの鐘」を発表し、藤山一郎が第6回紅白歌合戦の大トリで歌った。日本正教会の首座主教座大聖堂である東京復活大聖堂(通称ニコライ堂)は、夏目漱石の『それから』にも登場し、多くの詩人や歌人も詠んだ東京お茶の水の名所として知られる。

[youtube https://www.youtube.com/watch?v=5vC4afE_gXg]

だが、古関と正教会の関わりはそれで終わるわけではない。古関は旧制福島商業学校(現・福島商業高等学校)を卒業後、伯父の経営する川俣銀行に就職したが、そのころ仙台で音楽教育を行っていた金須嘉之進(きす・よしのしん)から和声の手ほどきを受けたという。金須は正教会の音楽家だ。

正教会における礼拝、つまり聖体礼儀における賛美は、楽器の伴奏を伴わないアカペラ唱法が基本。また、シンプルなメロディーを会衆全員で歌うプロテスタントとは違って、聖歌隊による合唱で歌われ、音楽の構造もかなり高度だ。そういうこともあって、古関は金須からかなり本格的な指導を受けたと思われる。

金須嘉之進

金須はニコライにその才能を認められ、1881年、14歳のとき、東京・神田駿河台にあった正教会の神学校に入学し、91年にはロシアのペテルブルクに留学して、バイオリンやピアノ、聖歌指揮法、作曲理論を習得したという。明治初期の日本人音楽留学生としては、幸田延(こうだ・のぶ)に次いで5人目。94年の帰国後、正教会の音楽指導や聖歌の編曲・作曲を行う一方、音楽会にも出演し、音楽教育にも尽力した。その弟子の一人が古関なのだ。

ところで、日本正教会の発祥の地は、ニコライ堂のあるお茶の水ではなく、実は函館だ。そこにまずロシア領事館が設置され、領事館付き司祭としてニコライが1861年に来日。脱国して米国に渡る直前の新島襄とそこで交流を持ったのはその3年後のこと。坂本龍馬のいとこである沢辺琢磨(さわべ・たくま)はニコライのもとで1868年、日本人として初めて正教の洗礼機密を受け、後に最初の日本人司祭となる。そして仙台を拠点として伝道していき、73年には仙台に教会ができた。そのような中で、67年生まれの金須も正教の信徒となったようだ。

[youtube https://www.youtube.com/watch?v=SQNymNaTr-Y]

金須は、帝室付カペーラ声楽院に留学中、副院長でロシアの作曲家リムスキー=コルサコフから管弦楽法を学んでいた。当時、金須は、「リムスキー=コルサコフのオーケストラ作品ほとんど全部」を演奏したと書いている。

リムスキー=コルサコフは、色彩感あふれる管弦楽曲などを数多く残したことで知られる。また1883~94年には、ロシア帝国サンクトペテルブルクにある宗務局(宮廷礼拝堂)でロシア正教の奉神礼(典礼)音楽について研究していた。

ヴァレンティン・セローフ「ニコライ・リムスキー=コルサコフの肖像」

金須からの影響もあって、古関もリムスキー=コルサコフが作曲した交響組曲「シェヘラザード」に傾倒していった。古関は金須をたいへん尊敬しており、自分がリムスキー=コルサコフの孫弟子になることを誇りとしていた。そして1988年3月、脳梗塞で聖マリアンナ医大附属病院入院してから死の間際まで古関が病室のベッドで聴いていたのもリムスキー=コルサコフの「シェヘラザード」だったという。

 

今回でひとまず、「エール」の主人公のモデル、古関裕而の生涯とキリスト教の関わりを数々の資料から探る記事を終える。NHKによると、ドラマの中でキリスト教が描かれるのも、今日放送の第9回で終わるという。

[youtube https://www.youtube.com/watch?v=mHXLyzy_GjI]

ただ、「長崎の鐘」にまつわるエピソードは今後描かれるだろうし、古関の魅力は何と言っても、彼が作り出した歌や曲の数々だ。1965年生まれの筆者にとって、09年生まれの古関は祖父の世代だが、それでも夏の甲子園で聴く「栄冠は君に輝く」やスポーツ・ニュースで流れてくる「スポーツショー行進曲」、1964年東京五輪の「オリンピック・マーチ」、また61年の映画「モスラ」でのザ・ピーナッツの歌など、しばしば耳にしていて、すぐにそのメロディーが出てくる。

[youtube https://www.youtube.com/watch?v=cAJZMNv3BJo]

古関の曲をすべて知っているわけではないが、いちばん好きなのは「愛国の花」。有名な軍歌「露営の歌」と同じころに作られた曲で、戦時中の女性を歌ったものだが、三拍子系の8分の6という明るいワルツだ。演出家・作家の久世光彦も『ベスト・オブ・マイ・ラスト・ソング』(文春文庫)で取り上げており、彼の作ったテレビドラマ「ムー」でも足袋(たび)屋のおかみさん役の渡辺美佐子に歌わせていた。読者の皆さんはどんな曲が心に残っているだろうか。

NHK連続テレビ小説「エール」とキリスト教(1)日本基督教団・福島教会と日本聖公会・福島聖ステパノ教会

NHK連続テレビ小説「エール」とキリスト教(2)ヴォーリズとハモンド・オルガン

NHK連続テレビ小説「エール」とキリスト教(3)「長崎の鐘」と永井隆

NHK連続テレビ小説「エール」とキリスト教(4)古関裕而が聞いた教会の鐘の音

NHK連続テレビ小説「エール」とキリスト教(6)特高ににらまれていたクリスチャン

雑賀 信行

雑賀 信行

カトリック八王子教会(東京都八王子市)会員。日本同盟基督教団・西大寺キリスト教会(岡山市)で受洗。1965年、兵庫県生まれ。関西学院大学社会学部卒業。90年代、いのちのことば社で「いのちのことば」「百万人の福音」の編集責任者を務め、新教出版社を経て、雜賀編集工房として独立。

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