映画「リンドグレーン」が7日から岩波ホール(東京都千代田区)ほか全国で順次公開される。『長くつ下のピッピ』などで知られる児童文学作家アストリッド・リンドグレーンの半生と名作誕生のルーツに迫る感動作だ。
母国スウェーデンのみならず日本を含めて世界中で愛され、読み継がれている『長くつ下のピッピ』や『ちいさいロッタちゃん』『やかまし村の子どもたち』シリーズ。その数々の著作は全世界100カ国以上で翻訳され、多くの子どもたちの人生や価値観に影響を与えてきた。やんちゃな子どもたちが暴れまわり、大人顔負けの意志の強さ、子どもならではの自由な発想で、世界中の読者を夢中にさせてきた作品ばかりだ。
本作は、そんな数々の名作誕生に至る若きリンドグレーンの日々を伝える伝記映画。ピッピのような三つ編みのあどけなさが残る少女時代から、モダンなショートボブ姿で恋に落ち、都会で働きながら、孤独と先が見えない未来に苦悩し、やがて腹をくくってシングル・マザーとなるまでが生き生きと描かれる。
スウェーデンのスモーランド地方にある町ヴィンメルビーの豊かな自然の中、教会の土地で農業を営む信仰にあつい家庭で育ったリンドグレーン。仲良しのきょうだいと、厳しい中にもいつも見守ってくれる両親のもと、好きなことをはっきりと言う自由奔放な少女だった。家族で礼拝を守った帰りの馬車の中で、聞いたばかりの説教をジョークにして、きょうだいを笑わせ、敬虔(けいけん)な母ハンナにたしなめられる。
思春期を迎えたリンドグレーンは、より広い世界に目が向き始め、教会の教えや倫理観、保守的な田舎のしきたりや男女の扱いの違いに息苦しさを覚え始める。生活の中心となっている教会は、閉鎖された社会の象徴のよう。父親ほど年の離れたブロベイルと道ならぬ恋をして妊娠した時も、母ハンナは教会に集う人間の目を恐れ、「教会には絶対に知られてはいけない」と、膨らんだお腹が目立たない服を着るよう指示する。ブロベイルが「リンドグレーンを離さない」と両親に宣言しても、信仰を盾(たて)にして受け入れられない。その後、リンドグレーンはデンマークに行き、秘密裏に男の子を出産し、里親に託すのだった。
生まれてすぐに愛する子を手放し、2年半後、ようやく引き取って一緒に暮らせるようになった時には、母として見てもらえず、また苦悩の日々が始まる。経済的にも精神的にも最も苦しい時期だったが、リンドグレーンは現実から目を背けず、真正面から戦い続ける。
リンドグレーンも両親も、もし信仰を持っていなかったらどうなっていただろう。キリストの愛と赦(ゆる)しがなければ、子どもたちに生きる喜びを伝える作家にはなれなかったのではないだろうか。苦しみの先に希望があること、それを勇気を持って追い求めることを、リンドグレーンは教えてくれる。教会は閉鎖された場所ではなく、互いが赦し合える和解の場所、自由を得られる場になれることを。
自由で勇敢な「ピッピ」や、「山賊のむすめローニャ」、困難に負けない「さすらいの孤児ラスムス」も、リンドグレーンの単なる空想の中の子どもではなく、自身の経験から生まれ、共に生きてきた子どもだからこそ、多くの人の心を捉えて離さないのだと改めて感じさせられる。
同作を手がけたペアニレ・フィシャー・クリステンセン監督は、同作が長編5作目で、日本での劇場公開は初となる。ペアニレ監督も幼少期にリンドグレーン作品から多大な影響を受けており、同作を世に送るに際して次のように述べている。「この世には悪と善が存在すること、死からは逃れられないこと、赦しは与えられること、人生において信仰は最も強い力を持つこと。そんなことをあなたは教えてくれました」