台湾のディアスポラ香港人キリスト者の「二次移民」 松谷曄介 【この世界の片隅から】

香港国家安全維持法が2020年6月末に成立して以降、イギリスをはじめとする海外への香港人の移民・離散(ディアスポラ)が相次いでいることは周知の通りだが、台湾も香港との地理的・言語的に近さから、香港人の移住先の一つとなってきた。

しかしイギリスとは対象的に、台湾政府の移民政策は種々の理由から厳しくなり、一時的に居留はできても定住権をなかなか取得できず、再度、別の国へ「二次移民」することを選択した香港人が少なくない。

そうした中、台湾の香港人教会「淡水香港教会」が、昨年12月に解散を宣言した。同教会は、「香港牧師ネットワーク」の発足と「香港2020福音宣言」の起草に中心的に関わった王少勇牧師が、親中派メディアから名指しで批判され台湾への避難・移住を余儀なくされた後、紆余曲折を経て2021年9月に台湾基督長老教会・淡水教会の集会室を間借りする形で設立された教会だ。同教会はディアスポラ香港人と現地台湾人に仕えることを志し、自分たちの母語である広東語で礼拝しつつ、家族・友人・地域への伝道・奉仕に取り組んできた。

しかし王牧師は定住権をなかなか取得できず、台湾を離れてイギリスへ移住することを決断せざるを得なくなった。その後、同教会は1年近く主任牧師が不在のまま礼拝を守っていたが、「二次移民」で台湾を離れる会員が相次ぎ、最終的には残っていた約20人の会員で会議を開き、解散を決定したという。こうして一つのディアスポラ香港人教会が、2年4カ月という短い歴史に幕を下ろしたのだった。

このように、定住権取得が台湾に移住した香港人が直面する大きな課題の一つなのだが、問題はそれだけではないようだ。筆者は昨年、台湾で複数の香港人と台湾人からさまざまな話を聞く機会を得たが、定住権取得の困難さに加え、特に二つの課題があることが分かってきた。

第一に、香港人同士における相互信頼の欠如だ。2019年から20年にかけて香港の激動の時期を共に経験し、将来に不安を覚えて海外に移住・避難した香港人同士ならば仲間意識が強いのではないか、と筆者は考えていたのだが、現実はそうではないようだ。台北市で話を聞いた香港人のA氏は、「香港人同士でも、相手が親中派の人かもしれず、自分のことを探っている情報員かもしれないと疑心暗鬼になってしまい、簡単には信頼することができないのだ」と悲しげに心の内を漏らした。

淡水香港教会に加えて、台北市内の他の二つの香港人キリスト者たちの広東語集会も訪ねた際、これら三つの集会の参加人数が合計しても100人程度と想像していたよりも少なく、しかも若者の姿をほとんど見かけなかったので不思議に思っていたが、A氏の話を聞きようやく合点がいった。では、広東語集会に寄り付かない他の香港人キリスト者たちは、どこに行っているのか。A氏によれば、英語が上手な人はインターナショナル・チャーチに行き、北京語がある程度できる人は台湾の現地の教会に行くのだという。

台湾基督長老教会・淡水教会を借りて集会をしていた淡水香港教会(同教会公式Facebookより。Facebookは昨年12月に閉鎖)

第二に、台湾政府・市民の香港への関心の低下だ。2020年の総統選挙の際には、当時の蔡英文総統が香港の民主化運動支持を強調し、台湾を「第二の香港」にしてはならないという危機意識もった台湾市民は香港人への関心と同情心を強くした。しかし、あれから4年が経ち、今年1月に行われた総統選挙の際に香港問題はほとんど話題にならなかった。このことは、台湾社会全体の香港への関心度が大幅に低下していることを物語っている。

筆者の親しい台湾人の友人たちの中にも、開口一番に「台湾は香港人の居場所じゃないよ」と突き放すように語る人もいるほどだった。もちろん台湾基督長老教会のように香港人に礼拝場所を提供するなどの援助を惜しまないケースがあるのも事実だが、総じて台湾人と香港人の間には、キリスト者同士であっても大きな隔たりがあるように思われた。

台湾でこうしたことを見聞きし、何とも複雑な心境になりながら、2000年前に使徒パウロが記した手紙の一節を思い起こした。「キリストにあずかる洗礼を受けたあなたがたは皆、キリストを着たのです。ユダヤ人もギリシア人もありません。奴隷も自由人もありません。男と女もありません。あなたがたは皆、キリスト・イエスにあって一つだからです」(ガラテヤ書3章27~28節)

パウロがこう書くのは、ユダヤ人同士でも受け入れ合うことが難しく、ましてやユダヤ人とギリシア人の間ではなおさら困難であるという厳しい現実が目の前にあったからだろう。しかしだからこそ、そのことを祈りに覚え、宣教の課題・目標としてなお取り組んでいくべきことをパウロは訴えたかったのではないだろうか。

そんなことを考えながら、「香港人でも台湾人でもない私は、なぜこのことに関わろうとしているのだろうか」と、ふと自問自答してしまった。

まつたに・ようすけ 1980年、福島県生まれ。金城学院大学准教授・宗教主事、日本基督教団牧師、博士(学術)。国際基督教大学(ICU)、北京外国語大学、東京神学大学、北九州市立大学を経て、香港中文大・崇基学院神学院で在外研究。専門は中国近現代史、中国キリスト教研究。「キリスト新聞」編集顧問。

【この世界の片隅から】 香港における「キリスト教の中国化」!? 松谷曄介 2023年11月1日 – キリスト新聞社ホームページ (kirishin.com)

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