香港における「キリスト教の中国化」!? 松谷曄介 【この世界の片隅から】

香港では今年5月、「キリスト教の中国化」(基督教中国化)を主題とするシンポジウムが、香港基督教協進会と中国基督教三自愛国運動委員会/中国基督教協会(通称「三自愛国教会」)の共催の形で開催された。香港側からは牧師・神学者など約120人、中国側からは三自愛国教会の指導者層の牧師・神学者と大学研究者など総勢24人が参加し、双方それぞれ複数名がさまざまな角度から主題をめぐって講演・発題を行った。

そもそも「キリスト教の中国化」は、三自愛国教会においてすでに2012年ごろから提唱されてきたスローガンでもあった。ところが、2015年の中国共産党中央統一戦線工作会議の席上で習近平総書記が「積極的に宗教と社会主義の相互の適応を導き、中国化の方向を堅持する」と述べたことで、キリスト教をはじめ諸宗教の「中国化」は、きわめて政治色の強い運動として展開されるようになっていた。こうした「中国化」を主題とするシンポジウムが、今度は香港において実施されたというのは、香港教会にとって一体何を意味するのだろうか。

そもそも「一国二制度」下にある香港は、1997年に中国に返還されて以降も中国大陸とは違う法律の枠組みにある。ミニ憲法と言われている香港基本法では、香港と中国大陸の民間団体・宗教団体は「相互に隷属せず、干渉せず、互いに尊重し合う」(第148条)と明記されており、香港のキリスト教会をはじめとする諸宗教団体は中国大陸の宗教団体とは区別されている。つまり、宗教団体にも「二制度」が適応されており、「香港教会」と「中国教会」は明確に区別されているのだ。

「キリスト教中国化シンポジウム」の論文集冊子

では、こうした枠組みにある香港において「キリスト教の中国化」が議論されるとなると、キリスト教会において「二制度」であることよりも「一国」であることのほうが強調され始めたということなのだろうか。また、そもそも「中国化」とは、文化的な意味合いが強い「土着化」(中国語では「本色化」)や「文脈化」を意味するものなのか、あるいは政治的意味合いが強いものなのだろうか。

香港のキリスト教メディア「時代論壇」(Christian Times)が報じたところによると、同シンポジウムでは最初の主題講演から香港側と中国大陸側との間で「中国化」の定義や意味合いをめぐって議論の火花が散らされたという。まず、香港側の主題講演者で著名な神学者・温偉耀(ミルトン・ワン、香港中文大学名誉教授)が、ティリッヒの「究極的関心」という概念を引き合いに出しながら、あくまでも「中国化」を文化的議論の範疇で解釈しようとした。それに対し、中国側のコメンテーターの林曼紅(リン・マンホン、三自愛国教会の神学教育部主任)は、「ティリッヒが『文化の神学』において公正こそが共産主義・社会主義の究極的関心であり、これはイエスの究極的関心とも呼応すると指摘しているにもかかわらず、温教授がティリッヒのこの見解をなぜ無視したのか分からない」と発言し、いわばマウントをとるかのようにして温氏を批判した。つまり「中国化」とは、たとえ文化的な意味合いであったとしても、それは共産主義と結びついているのであり、したがって中国共産党の指導とは切り離せない、と林氏は暗に言いたかったのだろう。

聖ヨハネ主教座堂で中国国旗を横に語る管浩鳴氏(同氏のFacebookより)

長年にわたり中国の宗教政策やキリスト教史を研究してきた邢福増(イン・フッツァン、香港中文大学・崇基学院神学院教授)は、香港の主要新聞「明報」への寄稿文において、キリスト教における従来からの「本色化」と習近平が推奨している「中国化」の違いを、「目的・内容・本質」の三つの点から次のように指摘している。

第一に、本色化が「宣教」を目的としているのに対して、中国化は「経済発展・社会調和・文化繁栄・民族団結・祖国統一のため奉仕するように宗教を導く」ことを目的としている。

第二に、本色化が組織・文化・芸術・社会的側面におけるキリスト教の土着化を内容としているのに対して、中国化は「愛国主義・集団主義・社会主義・党史・新中国史・改革開放史・社会主義発展史」の教育を展開することで、「偉大なる祖国・中華民族・中華文化・中国共産党・中国の特色ある社会主義」に対する信徒たちの賛同を増進することを内容としている。

第三に、本色化が多元的な意見を含む「下から」の議論という本質を持つのに対し、中国化は宗教思想を社会主義の核心的価値に整合させる「上から」のプロジェクトという本質を持っている。

専門家によるこうした指摘がある一方で、香港聖公会の牧師である管浩鳴(グン・ホウミン、香港立法会議員、および中国人民政治協商会議全国委員会委員も兼任)は、「中国化とは即ち本色化である」と公言しつつ、「中国化」の一環として10月1日の国慶節(中華人民共和国の建国記念日)に「国家祈祷日」を設け、教会の講壇横に中国国旗を置くという政治色のあることを提唱していた。かくして、今年10月1日、奇しくもその日は日曜日だったが、管氏が牧会している香港聖公会の聖ヨハネ主教座堂では中国国旗が講壇横に置かれ、「国家の為の祈り」がささげられた。

これが果たして、香港に2000軒近くある教会の内の一つの教会の例外的な事例にすぎないことなのか、あるいは香港のキリスト教が「中国化」という大きな渦に巻き込まれていく一つの「しるし」であるのか。今後も注視していく必要がある。

まつたに・ようすけ 1980年、福島県生まれ。金城学院大学准教授・宗教主事、日本基督教団牧師、博士(学術)。国際基督教大学(ICU)、北京外国語大学、東京神学大学、北九州市立大学を経て、香港中文大・崇基学院神学院で在外研究。専門は中国近現代史、中国キリスト教研究。「キリスト新聞」編集顧問。

【この世界の片隅から】 「世界の片隅」香港からの声――新装版コラムに寄せて 松谷曄介 2023年1月11日

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