無資格者の説教に困っている 勝本正實 【教会では聞けない?ぶっちゃけQ&A】

Q.長い間、無牧の状態が続いていますが、資格もない信徒が勝手な解釈で説教するので困っています。(50代・男性)

無牧や兼牧の教会が増えている中で、長く無牧であるというのは、教会として不便・不安なことでしょう。なかでも説教のことで悩んでおられるのは、切迫した事態ですね。

まず「資格のない信徒」について言えば、あなたの所属教会が教団やグループに属している場合なら、誰か資格のある人が担当されるでしょうし、説教している方に資格を取るように勧めるのではないでしょうか。しかし単立の場合で考えると、資格がないというのは神学校や聖書学校を卒業もしくは学んでいないということを意味するのでしょうか。

厳密に言えば、説教をするのに「資格」はありません。最低限、教会の役員会で承認されていれば、誰であっても可能ですし、神学校を卒業されていない方で牧師の働きを立派にされている方は、少なからずおいでになります。

ですから、資格がないことの根拠や、「勝手な解釈」という意味がどこにあるかが問われます。資格がないから勝手な解釈となるのか、解釈自体がおかしいのであれば、教会としてその方への説教を認めないようにすべきでしょう。また、勝手な解釈かどうかを、知り合いの別の牧師の方に聞いていただいて、率直に助言を得ることもできるでしょう。

勝手な解釈をしていたり、資格のない信徒が説教する事態であれば、教会にとってそれは危機的な状況なので、すぐに課題を改善すべきでしょう。そうでないと教会から人が去り、教会の機能も維持できなくなってしまいます。あなたもそれを心配されているのでしょう。

これからは、無牧や兼牧の教会が急速に増加します。その中で教会間の協力が教団内において、また地域の教会間で求められていきます。さらには信徒の方の中で、説教や牧会を担当する方も求められていくでしょう。あなたの直面しておられる課題は、決して特殊なことではありません。

*本稿は既刊シリーズには未収録のQ&Aです。

かつもと・まさみ 1950年熊本県生まれ。聖契神学校卒業後、立正大学仏教学部(日蓮宗)を卒業。あわせて僧階課程を修了。その後、仏教大学で仏教学(浄土宗)を専攻。神道や民俗宗教の学びの必要を覚えて、神道宗教学会に加入。郷里熊本で牧会の後、1990年から千葉県流山市で開拓伝道を開始した。後に日本聖契キリスト教団に加入し、聖契神学校講師(比較宗教·日本教会史)を担当。著書に『日本人の生活習慣とキリスト教』『日本の宗教行事にどう対応するか』(いずれもいのちのことば社)など。

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