現代世界と平和の危機について香港を中心とした東アジアの動向から考察する特別企画「東アジアの民主主義と平和の危機――キリスト教の役割と可能性」(「香港を覚えての祈祷会」主催、大阪クリスチャンセンター、キリスト新聞社共催)が7月22日、大阪クリスチャンセンター(大阪市中央区)で開催された。第1部の講演会では講師に芦名定道氏(関西学院大学神学部教授、京都大学名誉教授)、第2部の座談会には芦名氏に加え松谷曄介氏(金城学院大学准教授、宗教主事)が登壇。オンラインによる同時配信を含め約100人が参加した。
「ポスト真実」の時代に立場の違い超え
〝党派化避ける組織運営が理想〟
芦名氏は講演の冒頭、21世紀の深刻な問題として「ポスト真実(ポスト・トゥルース)」の現象に言及。真実や真理、客観的事実が非常に不明瞭になった状態、具体的にはフェイクニュースの流行やマスメディアや政治家などの情報を信用しない態度が広がり、「真実は終わった」「もはや真実は語れない」という態度がまん延することを意味する。
昨今では特に「戦争」における情報合戦が行われている。芦名氏はキリスト教界における「戦争と平和」をめぐる三つの立場――キリスト教史において主流ではないが現代のメノナイト派などで見られる「絶対平和主義」、宗教的に推奨される戦争は存在するという「聖戦論」の立場、可能な限り避けるべきだが一定の合理性があるならやむを得ないとする「正戦論」の立場――を紹介。国やその神学によってさまざまな主張がなされ、それ自体を議論することに一種の緊張関係があると述べた。
また「いざ戦闘が始まってしまえば、早期終結させることぐらいしかできない。開戦前に戦略を練り、周到な準備を進めることが重要」とし、祈祷会の意義についても強調した。
第二部の座談会では三輪地塩氏(同志社大学助教)による司会のもと、平和や戦争、真実についてキリスト者はどのように考えればよいのかをめぐって意見を交わした。松谷氏は平和を考える上で「具体的な人と人のつながり」が大切だと述べた上で、自身がここ数年難しい課題として感じていることの一つとして「国家間の問題は一枚岩ではない」ことを挙げた。例えば安倍晋三氏が亡くなった際、日本でその政治思想が議論されるさなか、台湾基督長老教会の牧師たちが「永遠の愛」という安倍氏を追悼する歌を奉唱したという(本紙2022年9月11日付「東アジアのリアル」で既報)。「平和のネットワークを築きたいと思っても、その立ち位置のズレを実感している」と松谷氏。
また、平和を考える上で国内では憲法9条の解釈について論争が絶えない。芦名氏は「政治思想にかかわらず平和を目指すのであれば、かなり立場の違うところでも一緒に取り組まなければ乗り切れない」とし、自由民主党の歴史にも言及。過去、憲法や平和理解に関して幅が広かったものの安倍政権以降「幅がなくなった」と述べ、平和主義を掲げることができない現状があるとの懸念を示した。さらに「自分と同じ立場の人」とは交流しやすいが、「平和を考える上では、対立するような意見もどう巻き込めるかが大切」だと指摘した。
呼びかけ人の一人である平野克己氏(日本基督教団代田教会牧師)は、「平和運動は次第に先鋭化して分裂するという歴史を繰り返してきた。その中で、現代の教会はどのようなことができるのか」との問いを投げかけた。芦名氏は、「このような活動は党派化すると必ず誰かを排除してしまうので、それを避ける組織の運営が理想」と応じた。その一例として「地域」を掲げ、特定の人物や集団ではなく、地域社会という広いフィールドにおける協力・相互理解のネットワークの形成が望ましいのではないかと提起した。
終了後のアンケートでは、「かつて旧東ドイツのニコライ教会での月曜平和祈祷会は少数の小さな集いにすぎなかったが、長年毎週続けたその平和祈祷が発端となり、やがて時が来て燎原の火のごとく大規模なデモ行進が起こり、ベルリンの壁崩壊に至った事実を改めて想起し、希望と勇気を与えられた。何を教会の祈祷課題とするのかを考える良い機会となった」「平和の危機を強く感じる現代世界に身を置きつつ、米国の正義、東アジアと日本の動向、キリスト者と平和主義といった広い視野で語られる講演を聞き、最後に理解すること、共感すること、連帯すること、そしてキリスト者として祈り続けることの大切さを確認する良い時だった」などの感想が寄せられた。
教派の異なる牧師有志によって始められた同祈祷会は「香港だけでなく、日本をはじめアジアや世界においても自由を抑圧する動きが強い今日、今後も祈祷会や各地での講演会による啓発活動を続け、祈りのネットワークを広げていきたい」としており、引き続き活動を継続するための財政的な支援を呼び掛けている。募金は郵便振替17470-3-29044921「マツタニヨウスケ」、問い合わせはprayforhongkongjp@gmail.comまで。
「香港を覚えての祈祷会」=2020年10月30日、国家安全維持法下で揺れ動く香港のために立ち上げられた祈りの運動。香港と深い関係のある松谷曄介氏(金城学院大学准教授)を含め、教団・教派を超えた12人の牧師たちが「呼びかけ人」となり、オンラインを活用して香港から牧師や研究者を招きながら定期的に祈祷会を続けてきた。2022年にはその軌跡を『夜明けを待ちながら――香港への祈り』(教文館)として出版。現在も学生などより若い世代のメンバーが加わって活動を継続している。