Q.姓を変えたくないので事実婚を考えています。キリスト教では、男性優位の戸籍制度をどのように考えていますか?(20代・女性)
「家」を家族関係の基礎と考えていた旧民法では、婚姻を個人の問題というよりは家という社会の問題と捉え、妻は婚姻により夫の家に入る(例外的に、入夫・婿養子の場合は妻の家に入る)とされ(788条)、戸主と家族は家の氏を称するものと規定されていました(746条)。
現行民法は、家制度を廃止し、個人主義を原則としてできたのですが、戸籍や氏という制度を残したままにしたため、中途半端な感を否めません。現行民法の「婚姻した夫婦は夫または妻の氏を称する」(750条)という「氏」は、個人の氏であって、家の氏ではないのですが、誤解も少なくありません。
戸籍法も、同じように、家制度の戸籍から個人主義の戸籍に変わったのですが、戦後70年を経た現在でも誤解している人が少なくありません。戸籍は、夫婦が婚姻することによって新しく編成されるものなので、家の戸籍ではありませんし、親や祖先の戸籍とは別の戸籍なのです。最近ではマスコミが「入籍」という表現を盛んに使用するようになって、誤解が広がっていますが、決して婚姻によって家の戸籍に入るのではないのです。
戸籍は男性優位の制度ではないのですが、戸籍の筆頭者に夫が多いのも事実です。この「筆頭者」というのは戸籍の見出しにすぎず、何の特権も何の権限もありませんから、旧民法の戸主とはまったく違います。
現代社会では婚姻を国家の制度の中で規定していますから国によって異なっていて、家制度の国もあれば夫婦別氏の国もあり、夫婦創氏の国もあります。一概に是非を論じることはできませんし、神学的または教会的に特定すべきことでもないように思います。
氏をどう考えるかは難問ですが、実利的に捉えるのも一法かと思います。改氏によって社会的に不利にならない方が改氏するとか、ビジネスネームとプライベートネームを使い分けるとかという方法もあるように思います。伝統的な教会の指導は各国の法律制度の中での婚姻を勧めてきましたし、個人に大きなリスクが伴う事実婚を勧めることは困難です。
今まで、教会では、氏や戸籍制度について厳密には考えてきませんでしたが、それで悩んでいる信徒がいる以上、神学的・教会的にきちんと検討・整理し、意見を交え、必要なら制度改革を求めていくことも必要でしょう。
*本稿は既刊シリーズには未収録のQ&Aです。
さくらい・くにお 1947年、三重県生まれ。名古屋大学法学部卒業、同大学院博士課程(民法専攻)、東京基督神学校、米フラー神学大学大学院神学高等研究院(組織神学専攻)、高野山大学大学院(密教学専攻)を修了。日本長老教会神学教師、東京基督教大学特任教授。著書に『日本宣教と天皇制』『異教世界のキリスト教』(いずれもいのちのことば社)、『教会と宗教法人の法律』(キリスト新聞社)ほか多数。