カルト問題に私が関わるきっかけは1995年3月、オウム真理教(当時)による地下鉄サリン事件だった。衝撃的だったのはサリン散布の実行犯たちがいずれも高等教育を受けた若者たちだったことだ。実行犯の1人である広瀬健一が、当時私の勤務していた大学の所在地の近くに入信前に居住していたことも事件を身近に感じさせた。
大学で宗教学を講じる一教員としても、またキャンパスミニストリーを担う教務教師としても、この問題は避けて通れないという思いから、この事件を機に研究者や宗教者、法曹関係者、スクールカウンセラー、カルトの脱会者及び家族によって結成された日本脱カルト協会(当時は研究会)に関わるようになった。
以来30年近い年月、一会員として、理事として、現在は顧問としてこの協会に関わり続け、扱ったテーマの変遷は、この間の日本におけるカルト問題の移り変わりを象徴している。
オウム事件直後のテーマは「カルトとはそもそも何か」ということだった。95年の時点ですでに霊感商法で社会問題化し、広く日本社会で問題のある団体として認知されていた旧統一協会と、サリン事件をきっかけに「殺人カルト」として知られるようになったオウム真理教の問題点を分析することに相当な時間をかけたと記憶する。
パソコンそしてインターネットの急速な普及は始まっていたが、会議などは対面で行われ、一堂に会しての侃々諤々の議論が懐かしい。こうした議論を重ねて明らかになっていったことは、旧統一協会やオウム真理教が持っている問題点は、人間集団いずれにも生じる可能性がある。「カルト」という特定の宗教団体が存在するのではなく、どんな団体も「カルト化」する可能性があるということだった。こうして現在も日本脱カルト協会のホームページに公開されている「集団の健康度チェックリスト」が完成する。(http://www.cnet-sc.ne.jp/jdcc/GHI/index.html 参照)
このリストは114の質問項目に「当てはまらない」(0点)、「どちらとも言えない(わからない)」(1点)、「少し当てはまる」(2点)、「まったく当てはまる」(3点)に回答し、その総合点で「集団の健康度」(カルト度)がチェックできる仕組みだ。質問項目の多くは旧統一協会とオウム真理教の事例分析から作られた。したがって、この二つの集団とどの程度問題点を共有しているかをチェックするリストであるともいえる。
旧統一協会の何が問題かを今日改めて考えるにあたっては、このチェックリストの質問項目を読み直してみることも重要だろう。
大学キャンパスにおける「摂理」の正体を隠した勧誘問題が顕在化した2006年以降は、大学におけるカルト対策が盛んに話題となった。2009年には大学関係者とカルト対策の専門家を結ぶ「全国カルト対策大学ネットワーク」が誕生した。
そして、ここ数年、浮上してきたテーマが「カルト2世」「宗教2世」の問題である。1970年代から90年代に入信した信者の子どもたちが、生きづらさを抱えているという問題が顕著になってきたのである。本年7月に起こった安倍晋三元首相銃撃事件は、この問題が一つの臨界点に達したのだと私には感じられた。
「カルト2世」と「宗教2世」は分けて考えるべきとの声もあるが、多くの伝統宗教も伝道の困難さから、現在は外ではなく信者家族という内側での信仰継承に力点を置くようになっている。また7月の事件以降、SNSには旧統一協会以外の「宗教2世」の「被害」を訴える声があふれていることからも、この問題に真摯に向き合うべき時が来ていると思う。
川島堅二(東北学院大学教授)
かわしま・けんじ 1958年東京生まれ。東京神学大学、東京大学大学院、ドイツ・キール大学で神学、宗教学を学ぶ。博士(文学)、日本基督教団正教師。10年間の牧会生活を経て、恵泉女学園大学教授・学長・法人理事、農村伝道神学校教師などを歴任。