「アジアの地獄と幽霊展」で台湾の宗教界に起きる熱い議論 藤野陽平 【東アジアのリアル】

6月25日から10月16日まで台南市美術館において「アジアの地獄と幽霊展」(亞洲的地獄與幽魂)が開催されている。2018年にフランスのケ・ブランリ美術館で行われた特別展の巡回で、情報公開とともに注目され、公式サイトに1日で1万件を超える書き込みがされ、アクセスが集中し一時閲覧しにくい状況に陥った。25日の初日には人が殺到し、入場制限がかかるなどし、6861人が来場した。

一時日本でも一世を風靡したキョンシーのリアルな展示のほか、林投姐、虎姑婆、魔神仔といった台湾の妖怪に加えて、首から上は若い女性でその下は内臓が見えているというタイの「ピーグラスー」も姿を見せる。日本からは天狗や河童のお面などに加えて鬼太郎など水木しげる作品も展示され、東アジアの幽霊サミットの様相だ。

しかし、「公立の博物館としてふさわしくない」とか、「気持ちが悪い」といった批判的な声も少なくない。特に保守的なキリスト教からは強い批判が寄せられていたのだが、これを受けて著名なインフルエンサーの四叉貓さんが、Facebookで「台南美術館のアジアの地獄と幽霊展に新竹霊糧堂が正式参戦」との文言とともに同教会の「仇敵が展覧会に登場し、国土と人民を汚染する。我々の国家の罪はますます大きくなり、無知蒙昧で、神に対して深い罪を犯した」などとするウェブサイトのスクリーンショットを投稿した。これが予想外に大きな反響を呼び、1万3000以上の「いいね」、1000件に迫るシェア、1300件弱のコメントが寄せられ、今回の霊糧堂の投稿は度が過ぎているとの批判が集まった。

「アジアの地獄と幽霊展」で展示されたキョンシー(写真=朱阿水)

キリスト教以外からもさまざまな反応があった。蘆洲受玄宮という道教の廟では、展示を見たいが、呪われたり祟られたりしないだろうかと心配な人向けに、お守りやお札の配布、「収驚」と呼ばれる儀礼などのサービスを始めたという。廟は「これで展示を見学する前後の精神が安定します。ただし、私たちの法力をもってしても、美術館の入場料を無料にすることはできません」と、ユーモアを交えつつ投稿している 。死後の世界に対するリアリティが強い台湾で、さまざまな受け止められ方がされている。

台湾基督長老教会の新聞社台湾教会公報のウェブサイトにも関連する投書が掲載された 。当初の著者は自身がクリスチャンであることを明かした上で、この展示はキリスト教信仰に抵触するようなものではなく、むしろアジアの宗教の理解につながり、宗教間対話の可能性もあるとする。さらに日本のお岩さんが家父長制の中で抑圧された人だったように、この世を騒がす死者は暴力や不正の被害者であると指摘する。二二八事件や長年にわたる白色テロを経験した戦後の台湾では、正義の「幽霊」が多く生み出されてきたので、クリスチャンとして抑圧され被害にあった死者の声に耳を傾けるべきというのだ。

キョンシーを取り上げた展示にさまざまな反応が寄せられているが、映画『幽玄道士』シリーズの中でキョンシー隊を引き連れる道士の「キョンシー様のお通りだ! 邪魔するものは道連れにするぞ!」という台詞を思い出した。では、キョンシーの展示はどうなのか? やはり邪魔すると道連れにされるのだろうか、などと考えてしまった。

この暑い夏、死後の世界という涼しい話題で、熱く議論を交わす人間たちのことを、当のキョンシーたちはどのように見ているのだろうか。

藤野陽平
 ふじの・ようへい 1978年東京生まれ。博士(社会学)。東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所研究機関研究員等を経て、現在、北海道大学大学院メディア・コミュニケーション研究院准教授。著書に『台湾における民衆キリスト教の人類学――社会的文脈と癒しの実践』(風響社)。専門は宗教人類学。

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