タルいっぱいのワインと、スプーン一杯の汚水【聖書からよもやま話430】

主の御名をあがめます。

皆様いかがおすごしでしょうか。MAROです。
本日もクリプレにお越しいただきありがとうございます。

聖書のランダムに選ばれた章から思い浮かんだよもやま話をしようという【聖書からよもやま話】、今日は旧約聖書、 ヨブ記の14章です。よろしくどうぞ。

ヨブ記 14章4節

きよい物を汚れた物から取り出せたら良いのに。
しかし、だれ一人できません。(『聖書 新改訳2017』新日本聖書刊行会)

汚れというのは恐ろしいもので、清潔なものが少しでも汚れたら、それは「汚れたもの」になってしまいます。タル一杯のワインに、スプーン一杯の汚水を入れたら、それはもはやタル一杯の汚水です。そのワインには誰も口をつけようとしないでしょう。反対に、タル一杯の汚水に、スプーン一杯のワインを入れても、それは汚水のままでワインになりはしません。段ボール一杯のみかんに、腐ったみかんを一つ入れたら、すべてのみかんが腐り始めますが、段ボール一杯の腐ったみかんに、新鮮なみかんを一つ入れても、その一つが腐るだけで全体が清められることはありません。

人の罪も似たようなものです。どんなに清廉潔白な人でも、一つの罪があればその人は罪人になります。政治家や芸能人のスキャンダルをみればわかりやすいかもしれません。それまで何の問題もなく生きていた人が、一つのスキャンダル=罪によってすべてを失うのを、僕たちはテレビやメディアを通じてたくさんみています。刑法だって同じです。それまで何の犯罪も犯さず、どんなにまじめに生きていたとしても、たった一度の窃盗で、その人はそれまでのまじめな生活を帳消しにされて、窃盗犯として裁かれます。
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これはイエス様も「パン種のたとえ」で話していることです。こねた小麦粉に、ほんの少しのパン種=イースト菌を入れることで、たちまち菌が増えて、粉全体がふくらみます。罪はほんの少しの罪でも、全体を罪にしてしまいます。

しかし、自然の力というのはすごいもので、海や川の浄化能力は、人間の想像をはるかに超えています。樽のワインはたったスプーン一杯の汚水によって全体が汚水になってしまいますが、滔々と流れる川や海に、スプーン一杯の汚水を入れても、その水はそう簡単に汚れることはありません。タルには容量に限界がありますけど、川や海には(厳密にはあるのでしょうが)無限の容量があります。有限のタル、即ち有限である人間にとってはスプーン一杯の罪は致命的な罪ですが、無限の海、即ち神様から見ればそれはあまりに小さいものです。ですからタルである僕たちは、川や海とつながり続けなければいけません。

・・・今いろいろと話題になっている「海洋汚染」とかの問題とは、ちっとも関係ありませんからね、今日の話は。念の為。

それではまた。

主にありて。
MAROでした。

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横坂剛比古(MARO)

横坂剛比古(MARO)

MARO  1979年東京生まれ。慶応義塾大学文学部哲学科、バークリー音楽大学CWP卒。 キリスト教会をはじめ、お寺や神社のサポートも行う宗教法人専門の行政書士。2020年7月よりクリスチャンプレスのディレクターに。  10万人以上のフォロワーがいるツイッターアカウント「上馬キリスト教会(@kamiumach)」の運営を行う「まじめ担当」。 著書に『聖書を読んだら哲学がわかった 〜キリスト教で解きあかす西洋哲学超入門〜』(日本実業出版)、『人生に悩んだから聖書に相談してみた』(KADOKAWA)、『キリスト教って、何なんだ?』(ダイヤモンド社)、『世界一ゆるい聖書入門』、『世界一ゆるい聖書教室』(「ふざけ担当」LEONとの共著、講談社)などがある。新著<a href="https://amzn.to/376F9aC">『ふっと心がラクになる 眠れぬ夜の聖書のことば』(大和書房)</a>2022年3月15日発売。

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