6月13日の神道政治連盟国会議員懇談会で弘前学院大学教授の楊尚眞(ヤン・サンジン)氏による講演録を収録した冊子が配布されたことを受けて、全国キリスト教学校人権教育研究協議会運営委員会(連絡先・日本キリスト教協議会=NCC=教育部)は7月15日、抗議声明を発表するとともに、神道政治連盟の代表者、同懇談会の会員、楊氏、弘前学院大学の藁科(わらしな)勝之学長に宛てた要望書を発表した。
声明では、楊氏が同性愛を「回復治療や宗教的信仰」などによって「抜け出すことが可能」な「精神の障害、または依存症」と述べていることについて、「楊尚眞氏が人間よりも、既存の制度や規範を優先しているからだ」と主張。楊氏が「性の多様性、人権や個性の尊重といった聞こえのいい言葉」を主張する人々の「目論見」は、「伝統的家族制度の解体、キリスト教等の反同性愛宗教、性規範の解体」であり、「アナーキー社会の実現」だと述べていることに対し、「私たちは……『伝統的家族制度』や『反同性愛』の立場をとるキリスト者の『性規範』が、性的マイノリティの尊厳を徹底的に踏みにじってきたがゆえに、そうした既存の制度や性規範を作り変えながら、『誰一人取り残さない共生社会』を目指していこうとしている」「人間よりも制度や規範を優先するのは、キリスト教精神に反する」と強く訴えた。
その上で、「性的指向や性自認等においてマイノリティであるがゆえに偏見や差別にさらされ、さまざまな困難を押し付けられている人々の声を、どんな高名な学者や研究者の講演より優先して聞いてください。なぜなら、それらの人々の声こそが、私たちの社会が進むべき方向を示してくれるからです」と要請した。
19日にはNCC教育部も藁科学長と楊氏に対する要望書を発表。「『同性愛は後天的な影響による性依存症である』との見解は誤謬であり、当人の意志や努力では変えられません。『性的少数者は、倫理・道徳の問題があり、公共の福祉に反する』との見解も、差別意識・差別発言となりますので改めてください」「『性的少数者』は、幼児から高齢者まで全世代にわたり、私たちのすぐ隣にいます。苦悩しつつ生きざるを得ない人々の声に耳を傾け、自らの偏見に気づき、寄り添って生きていってください」との2点を要望した。
日本バプテスト連盟性差別問題特別委員会は26日、この件に関する意思表明を発表した。楊氏の講演内容に対し、「持論を正当化しながら性的マイノリティの存在を否定し、社会で構造化されてきた性的マイノリティへの偏見と差別の事実をまるでなかったかのように歪曲して伝えるもの」であるとして、深い憤りを表明。「ひとりひとりの性のあり様は、人格や生き方と深く結びついた多様なものです。それは侵害されてはならない人間の尊厳です。だからこそ性自認や性指向とは、決して奪うことのできない個々人の生きる権利なのです」と訴えた。
各「要望書」などの全文は以下の通り。
要望書
私たちは同時に発表した「神道政治連盟の「冊子」に関するキリスト教人権教育の現場からの抗議声明」に基づき、以下の4点を要望します。
神道政治連盟代表者様
当該冊子『夫婦別姓 同性婚 パートナーシップ LGBT 家族と社会に関わる諸問題』を差別文書と認め、早急に回収してください。
神道政治連盟政治懇談会会員の皆さま
差別文書は受け取らない旨を明示して、当該冊子を至急神道政治連盟に返送してください。
楊尚眞様
講演「同性愛と同性婚の真相を知る」が性的マイノリティの人権を蹂躙していること、多様性が尊重される社会を創っていこうとする営みを侮辱していることを認め、公に謝罪してください。
弘前学院大学学長 藁科勝之様
楊尚眞氏への厳正な処分によって、御校に所属する性的マイノリティの学生や教職員が安心して学び、働ける環境を作ってください。「本学は当該論文等には一切、関知及び関与もしておりません」(7月1日付「学生・教職員の皆様へ」)で済まされない問題です。
以上
2022年7月15日
全国キリスト教学校人権教育研究協議会運営委員会
要望書
主の聖名を讃美します。
貴大学が創設以来めざしてこられたキリスト教教育活動に敬意を表します。
日本キリスト教協議会(NCC)は、教派を超えて派遣された理事・委員によって構成され、教会教育・平和教育・人権教育を3本の柱としてキリスト教教育活動をしています。6月13日に開催された「神道政治連盟・国会議員懇談会」にて配布された冊子の内容について、性的少数者当事者や市民団体だけでなく、多くのキリスト教団体からも抗議の声が寄せられたと思います。教育部に連絡先を置く「全国キリスト教学校人権教育研究協議会・運営委員会」も文書を送付しました。私共は以下のように要望します。
1 「同性愛は後天的な影響による性依存症である」との見解は誤謬であり、当人の意志や努力では変えられません。「性的少数者は、倫理・道徳の問題があり、公共の福祉に反する」との見解も、差別意識・差別発言となりますので改めてください。
2 「性的少数者」は、幼児から高齢者まで全世代にわたり、私たちのすぐ隣にいます。苦悩しつつ生きざるを得ない人々の声に耳を傾け、自らの偏見に気づき、寄り添って生きていってください。
上記の冊子に書かれた内容の背景を知るために、楊尚眞氏の著作『同性愛と同性婚の真相――医学・社会科学的な根拠』(株)22世紀アート2021年7月発行を読ませていただきました。同書には、在米中の著者の研究経験を元に、既に同性婚が合法化されている合衆国11州をはじめ、台湾を含む欧米諸国28か国に起きている諸問題への見解が記述されていました。例えば男性同性愛者の性感染症を含む健康問題、同性婚家庭における子どもの養育環境、異性愛性教育と同性愛性教育とを義務教育では同様に扱う必要が生じるなど、多くの課題が論じられていました。諸外国におけるカウンセリングの実態、牧師による「脱同性愛運動」による回復事例や、同性婚合法下後も自死率が下がらない理由として当事者自身の悩みが深い点などが記述されていました。今後の課題として重く受けとめる必要はあります。
その上でなお、特に上記2点について要望いたします。アフリカ諸国での同性愛厳罰(死刑)規定の背景には、植民地時代、欧米の宣教師が聖書の記述を根拠に同性愛を断罪した歴史があり、キリスト教の負うべき責任は大きいと言えます。自らの努力で変えられない性自認や性的指向に対して、他者が「死刑判決」を下せるものでしょうか?私たちにいのちを与え生かす神が、たいせつな存在である人間を断罪し、死を望まれるものでしょうか?
当然のことですが、貴大学内にも当事者の方はおられます。身近にいる学生や同僚をはじめ、家族や友人の子どもが当亊者であると思い描いてみてください。その方たちを断罪なさるのでしょうか?
先日は「性別違和」をもつ未就学園児への「いじめ」が報道されました。この幼い園児は「死にたい」と訴え、登園できなくなりました。楊氏は性的少数者に出会っていると書かれていますが、トランスジェンダーについての見識が不十分だと思います。性別は男性・女性・間性のみとされていますが、海外では50以上の性別表記が公にされています。私たちの想像を超える多様な性的少数者が存在している事実を知ることがまず求められます。『LGBTとキリスト教20人のストーリー』(日本キリスト教団出版局2022年3月発行)を同封しますのでご一読ください。書籍の帯には「LGBTから学ぶその多様性にみる神の愛」と記されています。上記要望について、よろしくお願い申しあげます。
貴大学の上に、主の導きをお祈りいたします。
2022年7月19日
日本キリスト教協議会(NCC)教育部
神道政治連盟の国会議員懇談会で性的マイノリティへの差別や偏見を含む冊子が 配布された件に関する意思表明
私たちは、先月6月13日に多数の自民党議員が参加して行われた神道政治連盟の国会議員懇談会の席上で、性的マイノリティに対する偏見や差別と捉えられる内容の記された冊子が配られた件を受け、ここに当委員会としての意思を表明します。
キリスト新聞の記事によれば、冊子にはLGBTについて以下の文章が掲載されていたと記されています。
「同性愛は心の中の問題であり、先天的なものではなく後天的な精神の障害、または依存症」「体の性は男と女の二つしかなく、性的指向、性同一性・性自認、性表現の性差は全て精神領域の範疇」「LGBTの自殺率が高いのは社会的な差別が原因ではない」(「キリスト新聞」2022年7月6日付)
上記の記述は、持論を正当化しながら性的マイノリティの存在を否定し、社会で構造化されてきた性的マイノリティへの偏見と差別の事実をまるでなかったかのように歪曲して伝えるものであり、深い憤りを覚えます。この事態を受けて性的マイノリティ当事者有志の呼びかけにより、自民党本部前で約500人による抗議が行われました。幾度となく繰り返されて今も止むことのない偏見と差別に向けて、絶望と憤りと悲痛に満ちたひとりひとりの叫び声が涙と共に響き渡りました。これが、今も性的マイノリティが直面し続けている社会の現実です。長い歴史を通してなされてきた権力や権威による価値観の絶対化や刷り込みが社会の思い込みや無理解を助長させ、その閉ざされたはざまで性的マイノリティは、個々のセクシュアリティを深く傷つけられながら存在を抑圧され、排除され続けているのです。これらの事実を歪めて自らの主張を正当化し、さらなる偏見と差別を加えて性的マイノリティの存在を否定し苦しめる内容の冊子が書かれたこと、しかもそれが、国民ひとりひとりのための国政を担う国会議員の懇談会で共有されたことに対して、私たちは強く反対します。このようなことは、決してあってはならないことです。
ひとりひとりの性のあり様は、人格や生き方と深く結びついた多様なものです。それは侵害されてはならない人間の尊厳です。だからこそ性自認や性指向とは、決して奪うことのできない個々人の生きる権利なのです。ひとりひとりが、多様でかけがえのない性であるセクシュアリティを喜び、互いに大切にし合って生きる世界を心から祈ります。
2022年7月26日
日本バプテスト連盟 性差別問題特別委員会