神道政治連盟(神政連)の国会議員懇談会(安倍晋三会長)で配られた冊子が、保守的キリスト教の価値観に基づくLGBTへの偏見に満ちていると批判を浴びている。6月13日に行われた同懇談会の席上、参考資料として配布された冊子は『夫婦別姓 同性婚 パートナーシップ LGBT 家族と社会に関わる諸問題』と題し、それぞれのテーマで連盟が招いた講師による講演録を収めたもの。
神政連は全国の神社を統括する神社本庁の関係団体で、その理念に賛同する国会議員263人が所属。そのほとんどが自民党選出の議員で、保守系団体「日本会議」国会議員懇談会との重複も多い。歴代政権では安倍内閣の閣僚20人中19人、菅内閣20人中18人、岸田内閣20人中17人が属するという蜜月ぶり。
問題とされているのは「同性愛と同性婚の真相を知る」と題した、弘前学院大学宗教主任の楊尚眞(ヤン・サンジン)氏による講演。この中で楊氏は、講演の目的を「性的少数者を卑下したり、軽んじることでは」ない、「性的少数者の人間としての尊厳や人格を尊重しなければ」ならないとしながらも、海外の研究結果を引き合いに「同性愛は心の中の問題であり、先天的なものではなく後天的な精神の障害、または依存症」「体の性は男と女の二つしかなく、性的指向、性同一性・性自認、性表現の性差は全て精神領域の範疇」「LGBTの自殺率が高いのは社会的な差別が原因ではない」と断言。「同性愛擁護者や左翼活動家が同性婚合法化や差別禁止法の制定等によって」目論んでいるのは、「包括的性教育により性は男女だけでなく多様な性があることを主流にし、社会を性愛化した先にある」「伝統的家族制度の解体、キリスト教等の反同性愛宗教、性規範の解体」だと主張している。
神政連の担当者によると、性的マイノリティをめぐる問題について「本質的な理解を深めるため」、昨年10月に連盟の機関誌「意(こころ)」(215号、現在はサイト上から削除)=写真=への寄稿を依頼したのが契機。同誌には講演と同じ「同性愛と同性婚の真相を知る」と題して、楊氏による文章が掲載されている。その中で楊氏は、「同性愛を好感的に表現している映画や動画、BL/GL漫画に興味を抱き、同性との性行為を経験することによって同性愛者になることも」ある、「同性婚合法化は、公共の福祉、即ち、他者の権利に反することになり、憲法で保障されている表現・学問・思想・言論・信教の自由が侵害される」「環境の被害者となるのではなく、自然の摂理の中で生まれた人間がその摂理に従った生き方を取り戻して行くことが幸福な人間の姿」などと持論を展開。
これに引き続くかたちで今年2月7日に同氏を招いた研修会での講演が、今回の冊子に掲載された内容だ。研修会では、時事的な問題について内外から専門家を招いて講演を依頼してきた。楊氏の内容について特に異論などは出なかったかを尋ねると、「講師個人の研究内容を披露していただき理解を深めるためのものなので、講演の内容について評価するものではない。懇談会では、神政連の活動である研修会の報告として配った」と担当者。
なぜ神道関連の催しにキリスト教界から楊氏が選ばれたのかを問うと、「メディアでの発信を見て声をかけた」のだという。調べてみると昨年5月23日付の産経新聞に、同氏の署名入りで「自由の危機 LGBT差別解消の美名の下で…」と題する寄稿が掲載されていた。当時、超党派で議論されていた「LGBT理解増進法案」についての山谷えり子氏(参議院議員、神政連国会議員懇談会にも所属)による発言を擁護するかたちで、「『性的少数者への差別をなくす』という美名の下、言論の自由、学問の自由などが制限される法律はつくってはならない」「性的少数者もそうでない人も等しく国民である。一方の意見だけを認め、もう一方の意見は存在すら認めないのでは、差別を解消するどころか反対派への逆差別を生むだけ」との意見が開陳されている。
はじめにこの問題を指摘したのは、性的マイノリティを支援する団体「fair」の代表理事である松岡宗嗣(そうし)氏。事実誤認による冊子の記述について詳しく指摘した上で、宗教と政治の関係について「日本でも宗教に基づく差別によって、マイノリティの人権が侵害され続けている状況がある」「政党の背後には宗教団体があり、その『票』も含めた影響力が強くあるかぎり、または党として性的マイノリティの権利保障を進めなければ票が集まらないという状況にならないかぎり、この現状を打破するのは難しい」とし、「たとえ保守の立場から”慎重”に進めたいという意識があるとしても、政権政党の中で、ここまで非論理的で事実に基づかない、明らかに悪質な差別的言説を、党内の大多数の議員に配ってしまえるような状況には、驚きを隠すことができない」と非難した。
【書きました】自民党議員の大多数が参加する議連の会合で配られた冊子「同性愛は精神障害で依存症」「転向療法や宗教信仰で変えられる」「LGBTの自殺率高いのは差別が原因ではなく本人のせい」など差別的な憎悪言説の数々。政権与党がこんな主張を広げる現状、あまりに酷い→https://t.co/sVoMnKFvyn
— 松岡宗嗣 (@ssimtok) June 29, 2022
この問題を受け、弘前学院大学の藁科勝之(わらしな・かつゆき)学長は7月1日付で声明を発表。「本学は当該論文等には一切、関知及び関与もしておりません」と責任を回避し、同大学が「建学の精神『畏神愛人』において『自己と異なる一人ひとりの人格と個性と立場を尊重し、受容すること』として、多様性の尊重を謳い」、「すべての学生、教員、職員は相互の人格を尊重し、建学以来の伝統を重んじつつ、おのおのの立場において時代の要請に応える」ことを方針としており、「『LGBT』に関しては、2021年1月21日に学生・教職員が出席し、本学客員教授小林啓三先生による講演会を行い、多様性への理解とともにその認識を深めている」と弁明した。
弘前学院は、日本メソジスト教会の創始者である本多庸一によって1886年に設立されたプロテスタント系の伝統校。大学の沿革には、「キリスト教の精神と本多先生の信条を建学の基とし、このような人間形成を教育の根底に据えて、その上で高度の専門の知識と技術を習得する事を志向している」とあり、2019年には同じメソジスト派にルーツを持つ青山学院大学と「連携・協力の推進に関する基本協定」を締結している。
在日大韓基督教会の牧師でもある楊氏は、2010年に同大学へ赴任。現在は唯一の宗教担当者として礼拝の司式やキリスト教関連の講義を担当している。本紙の取材に対し同氏は、「現在はコメントできる心境ではない」としながらも、「事実を歪曲して報じられた。選挙期間中、自民党を攻撃するために講演の一部を切り取って『差別的』と糾弾された」と反論。講演の内容は一個人の主張ではなくアメリカなどの研究で証明された「事実」に基づいており「差別の意図はない」、「あくまで個人的な研究であり、学内で同様の考えを披露したことはない」と主張した。
同じ在日大韓基督教会の関係者によると、かねてから楊氏の神学的立場は原理主義(ファンダメンタリズム)であり、以前にも性的マイノリティをめぐる差別的な言動で糾弾された経緯もあるという。なお、略歴に列挙された多数の著書について本人に尋ねると、いずれも自費出版であり、日本では聞き覚えのない「ダキュピア出版社」に至っては出版社ですらなく、韓国の印刷サービス業者であることが判明した。
『LGBTとキリスト教 20人のストーリー』 執筆者 内田和利さんに聞く 教会で傷つきながら神への信頼つづる 2022年6月21日
【寄稿】 「性的指向」は矯正の対象? いま向き合うべき2作品『ある少年の告白』『サタデーナイト・チャーチ』 中村吉基(宗教とLGBTネットワーク代表) 2019年4月11日