市民運動にどう関わる? 白井幸子 【教会では聞けない?ぶっちゃけQ&A】

Q.市民運動に熱心な信徒とそうでない信徒がいるのはなぜでしょうか。(50代・女性)

市民運動は多くの場合、共通の権利意識を持ち、特定の目的の実現をめざす、職業とは別の市民の自発的な運動と理解されます。

ご質問の趣旨は、こうした市民運動にキリスト者として積極的に関わるべきか否か、という問題を問うているのではないでしょうか。

もう30年以上前のことですが、キリスト者である友人は、お子さんが予防接種事故にあって重い後遺症を残したことから、予防接種事故をなくすことをめざして、志を同じくする多くの市民と共に活動を開始しました。

市民に啓蒙活動をし、ワクチン研究の雑誌を創刊し、事故に対する科学的調査を促し、必要な予防接種法の改正をめざして政府に働きかけた運動は、日本の予防接種の在り方を改善するのに大きな力となりました。

しかし、現実に職業に従事し、あるいは、家庭の仕事を果たしながら、こうした市民運動に参加するのは誰にでも可能なことではありません。ある方は会社の仕事に追われ、ある方は、いつも倒産の心配をし、ある方はパートの仕事に押しつぶされ、そうでなければ、親の介護に疲れ果て、生きるのがやっとというのが多くの人の実情ではないでしょうか。

キリストは、尋ねる人に最も重要な教えは二つであると言われて、「心を尽くし、力を尽くし、精神を尽くして神を愛すること」と「自分を愛するように隣人を愛すること」を教えられました。キリスト者は、この二つの愛の戒め以外にはいかなる義務をも負ってはいないと思います。

そしてこの愛の戒めは、私たちを束縛する律法としてではなく、キリストに罪赦された者が、キリストに喜んで従う戒めとして私たちに与えられています。

また、この二つの愛の戒めが個々の人においてどのような形を取るかは、私たちの自由な信仰の決断に任せられています。自分に与えられた人生において、この二つの教えに全力で従うことに、キリスト者の歩む道があると考えます。

*本稿は既刊シリーズには未収録のQ&Aです。

しらい・さちこ 青山学院大学文学部を卒業後、フルブライト交換留学生として渡米。アンドヴァー・ニュートン神学校、エール大学神学部卒業。東京いのちの電話主事、国立療養所多磨全生園カウンセラー、東京医科大学付属病院でHIVカウンセリングに従事した後、ルーテル学院大学大学院教授を経て同大名誉教授。臨床心理士、米国UCC教会牧師。

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