教会に通わなくても学べる? 白井幸子 【教会では聞けない?ぶっちゃけQ&A】

Q.個人的に注解書を熟読し、通信講座などで神学や聖書学を学べば、教会に通う必要はありませんか。(30代・女性)

教会に通いたいと思っても通うことのできない多くの人がいるに違いありません。病気や仕事や、家庭の事情や地理的な問題など、その理由はさまざまだと思います。その場合、個人的に神学や聖書学を学ぼうとすることは、そこに、神さまのことをどうしても知りたいという強い意志と熱心さが感じられます。

質問者の場合は、信仰を求めたいという気持ちはあっても、教会に通うのは煩わしい、億劫である、肌に合わないなど、心理的な理由で教会に行かない、というニュアンスのようです。

個人的に神学や聖書学を学ぶことによっても、聖書や神学に関する知識は得られるでありましょう。

しかし、それで得られないものは、信徒の交わりと呼ばれる信仰を持つ人々との交流です。

イエスは「神を愛し隣人を愛すること、これは一つのことであって最も大切な掟である」と言われました(マタイによる福音書22章34節以下)。この言葉によって、隣人を愛することなしに、人間は幸いになることはできない、という深い真理が語られています。

また、隣人を愛することなしに神を愛することはできないし、神を愛することなしに隣人を愛することはできないとイエスは言われたのです。

隣人を愛することは、隣人を知ることから始まります。信徒の交わりを通して初めて私たちは、ともにイエスを救い主と信じる隣人に出会い、隣人との交流を通して、自分には隣人を愛すべき愛のないことに気づき、私たち自身の罪に出合うでありましょう。

しかし、神の恵みは罪の赦しの体験を通して与えられます。個人的な学びを通して神に出会うなら、そのとき私たちは、同じ信仰を持つ人々との交流を欲するにいたるでありましょう。

「数人の者が集まるところに私もいる」というイエスの言葉に、教会の起源と精神があります。 神は、イエスを信じる者がイエスの名によって集まることを喜ばれるのです。

*本稿は既刊シリーズには未収録のQ&Aです。

しらい・さちこ 青山学院大学文学部を卒業後、フルブライト交換留学生として渡米。アンドヴァー・ニュートン神学校、エール大学神学部卒業。東京いのちの電話主事、国立療養所多磨全生園カウンセラー、東京医科大学付属病院でHIVカウンセリングに従事した後、ルーテル学院大学大学院教授を経て同大名誉教授。臨床心理士、米国UCC教会牧師。

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