【映画】 ある脱北少女と韓流女優の祈り 『ポーランドへ行った子どもたち』 チュ・サンミ監督インタビュー

朝鮮戦争時、朝鮮半島からソ連を通じ東欧諸国へと移送された戦災孤児たちがいた。『ポーランドへ行った子どもたち』は、クリスチャンのベテラン俳優チュ・サンミが産後鬱に苦しむなかで彼らをわが子のように想い、ひとりの脱北少女を連れて孤児らの足跡を追いポーランドを訪ねるその全体が劇的なドキュメンタリー傑作だ。本作で初めてメガホンを採ったチュ・サンミは今回このインタビューを通して、映画本編や他のメディア取材では明らかにせずにきた本作と信仰との本質的な関わり、宗教を禁じる国から逃れ宣教師を志すに至った少女の現況などを語ってくれた。

1950年代前半、500万人の死傷者を出した戦争は10万人の孤児を生み、時の金日成政権が国策としてソヴィエト連邦を介し東欧諸国へ送致した孤児の数は、ポーランドだけで約1500人。直近の第二次大戦でナチスドイツとソ連に挟まれ辛酸をなめ尽くしたポーランドの人々は、東洋の孤児らをわが子のように慈しむ。しかし半島における戦線が膠着し板門店で休戦協定が結ばれると、労働力として見込まれた孤児らは北朝鮮へと送り返される。ひときわ活発で賢かったある少年が、ポーランドへ戻りたい一心から半島の施設を脱走、ひとり鴨緑江を渡り徒歩で大陸横断を試みて死亡した事実を、受け入れ側プワコビツェ村エリム宣教センターの施設責任者であった老人が涙ながらに語りだす場面は胸がつまる。

また彼ら孤児の中には、中国軍とソ連軍を伴う北朝鮮側が半島をほぼ掌握した時期の収容者も含まれ、半島南部出身の孤児も多くいたことが寄生虫調査により判明する。「韓国から孤児らの返還要請が為されたことは一度もない」と聞かされ呆然とするチュ・サンミの表情は印象的だ。

このように、韓国でも最近まで知られなかった過去へ光を当てる一方で、旅の伴侶である脱北少女をめぐる描写もまた本作の核となっている。チュ・サンミは自身の初監督作にあたり、移送された子らを主人公とする劇作物を当初は構想した。その子役オーディションへと参加した少女イ・ソンが、チュ・サンミの発案でポーランドへの旅に同道するなかで、それまで抑えてきた心の傷と向き合いはじめる。少女へ静かに寄り添う監督によるナレーションはこう語る。「役者として大成するには、無意識に封印しているものを客観的に捉える過程がどうしても必要になる」。この旅そのものはつまり、イ・チャンドンやポン・ジュノらと並び現代韓国映画を代表する名匠ホン・サンスの作品でも若い頃に主演を張り、のち無数のキャリアを積み重ねてきたチュ・サンミから少女イ・ソンへ贈られた、最良のトレーニング機会でもあったことがうかがえる。

ポーランド滞在を通じ少女は、チュ監督へ徐々に心を開いてゆく。しかし旅の後半、監督に対して死と飢えに直面した北朝鮮の記憶は口に出せても、脱北後の中国での体験はとても語れないと言葉を濁す少女の硬直した表情に、現代社会のイビツさ闇の濃さを想わされる。少女イ・ソンの現在について、監督はこう語る。

イ・ソンとは、この旅を通じて母娘のような深い絆が育まれました。その関係はいまもつづき、他のひとには話さない色々なことを打ち明け合っています。2018年に映画本編が公開された時点では、終盤のテロップでも説明されるように彼女は東國大學校で演技を学んでいましたが、そこが仏教系の大学であることへの違和感も多少あったようで、学内で聖書研究会を開くなどしていました。その後将来への夢が変わり、イ・ソンはいま宣教師になるため神学の勉強に励んでいます。

©2016. The Children Gone To Poland.

東國大學校の演劇映画学科は、韓国の映画界・芸能界を代表する人材(音楽ユニット少女時代のユナやソヒョン、『パラサイト』のチョ・ヨジョン等々)を多く輩出する名門であり、その才能を見抜いたチュ・サンミならずとも映画本編を観れば誰もが直感できるように、イ・ソンには演技の才能以前の水準で佇まいが放つ固有の輝きに恵まれており、脱北者という背景を抜きにしても独自の磁場放つ性格俳優への道が開けていたことは想像に難くない。そこを押して宣教師へと志を変えさせた具体的な契機は本人へ尋ねるしかないが、翻意へ至るヒントは映画本編にも散りばめられている。

たとえば子役オーディションの場面に登場する他の脱北少女のひとりは将来の夢について、「見えない傷を癒やす宣教師にわたしはなりたい」と、現在のイ・ソンにそのまま重なる発言を残している。すでに廃墟化しているプワコビツェの教会施設がそうであったように、今日の韓国においても学校以外で難民や脱北子女をケアする役割は主にキリスト教団体が担っている。教会の施設で生活支援を受け、奨学金を得て学校へ通う暮らしのなかで、脱北した児童が北朝鮮では禁止されていた信仰に関心をもつ流れは、ごく自然な心境の変遷として理解できる。

また映画の後半ではイ・ソンが、「(チュ・サンミ監督が)祈ってくれたことで、とても楽になった」と洩らす場面がある。《映画は世間の言葉で構成すべき》との監督方針から本編で明示的に語られはしないものの、チュ・サンミを映画製作へと向かわせた根底には、信仰の力があったという。傷を受けながら亡くなった治癒者というテーマはキリストそのものと監督は明かす。韓国に滞在経験があったり友人がいたりする人間の多くから共感を得られるだろう経験則として、韓国のクリスチャンは個別特定の友人知人に対し、しばしば本当に強く祈る。筆者にも旅先で知り合った友人から力強く拳を握られ、あまりにも真剣に祈られるため当惑を超え言葉にならない感動を覚えた記憶が一度ならずあり、誰かのために全力で祈りを捧げるその姿には、信仰の型通りでは済まされない原始の力が宿ると納得される。

アウシュヴィッツでわが子をなくした婦人が、遥か東洋から到来した孤児を慈しみ、孤児が故国へ返されたあともその行く末を祈りつづける。それから80年を経てアウシュヴィッツ=ビルケナウ絶滅収容所をふたりが訪れ、各々言葉もなく鉄条網の両側を歩みその端へ至って合流する。なんと象徴的な場面かと感じ入る。鉄条網は北緯38度のDMZ(軍事境界線)であり、半島とポーランドを隔てるロシアの大地であり、80年という時間であり得る。

このドキュメンタリーの誕生した由来そのものが、信仰的な理由に基づくものでした。産後鬱で自殺を考えるほどに深刻な状態まで追い詰められた私に、恢復のきっかけを与えてくれたのは祈りでした。これまでインタビューなどで話すことはなかったのですが、苦痛を乗り越えるために神様が与えてくれたのは、世間の言葉で福音を伝えるものをつくりなさいというヴィジョンでした。そこでこの使命をまっとうできる素材を探せるようにと祈りを捧げるなかで、ある出版社からポーランドへ行った孤児らに関する資料を提供されるという出来事が起こりました。ですからこの仕事は神様と共に為されたと実感します。どういうテーマで撮るかということもお祈りをしながら相談し、傷の連帯、傷を受けた治癒者というテーマへたどり着いたのです。しかしこうしたことは、「世間の言葉で福音を伝える」というヴィジョンに従い、映画のなかではあえて語りませんでした。

©2016. The Children Gone To Poland.

この6月下旬、『ポーランドへ行った子どもたち』公開日の翌週には、韓国で撮られた是枝裕和監督新作『ベイビー・ブローカー』の日本公開も控えている。『ベイビー・ブローカー』冒頭では夜、ある教会の赤ちゃんポストの前で、ためらいながらもわが子を置き去る若い母親と、そのさまを遠くの車内から隠れて見守る女性刑事(ペ・ドゥナ)が映しだされる。赤ちゃんは教会内で聖職衣を身にまとった男(ソン・ガンホ)に引き取られるのだが、この男こそが陽気に児童売買をこなす〝ベイビー・ブローカー〟であることがつづく場面で描かれる。筆者には、主題において時代と場所を隔てた両作が互いに地続きであるように感じられる。双方の作品世界の結節点となるのが、国や政府でも一般のNPO機関でもなく、教会という宗教施設であることは何を暗示しているのだろう。

映画の母国公開から4年。この間にも様々なことが起こり、社会は変容しつづける。とりわけコロナ禍のさなか、直近でロシアが起こしたウクライナでの戦争は、ソヴィエト共産圏が決定的な比重を占める本作と直に関わる事態とも言えよう。このような状況下、今日の世界と自身の活動との関わりをめぐり、監督は次のように総括する。

 ▶人間の悪は、この世の終わりまでなくなることはないと感じています。ですからその悪を、どのように少しでも善へと変えていくかということをつねに考えます。戦争の悲劇、一番悲惨な結果はいつの時代もまず子どもたちへ襲いかかります。ただ、いまは昔と違って、SNSを通じ遠くの国でも子どもたちの顔まで見える環境のもと、世界の人たちが一緒に考えられるようになりました。子どもたちや難民をどのように助けていけるか またそれより前の段階として、子どもたちの受ける傷に対してどのように共感できるか。そうしたことであれば、映画制作を通じて寄与できるものが私にもあるのではないかと考えています。

韓国では、本作を観たことで半島統一への思いを新たにしたなどの社会的関心の深まりとも別に、本作による感動が性暴力のダメージから恢復する呼び水になったという種の個人的で極めて深い反応をも観客から日々伝えられるなど、上映館ごと小さな奇跡が起きてきたと彼女は語る。『切り株たち』(The Stumps)の仮題をもつ劇作映画という当初の構想は、6話構成のネット配信ドラマへと膨らみ現在も進行中だ。神の国をからし種やパン種にたとえるルカ福音書を引き、日本でも種が蒔かれんことをと願うチュ・サンミと、大人へ成長しつつあるイ・ソンは今日も歩みつづけている。

(ライター 藤本徹)

『ポーランドへ行った子どもたち』 “폴란드로 간 아이들” “Children Gone to Poland”
公式サイト:http://cgp2016.com/
6月18日(土)よりポレポレ東中野ほか全国順次公開

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