今年のレントは3月2日(水)から始まる。レントとは、イースターから日曜日を除く40日前の水曜日から始まる期間である。ローマ・カトリック教会では「四旬節」、正教会や聖公会では「大斎節」と呼ばれる。
大斎の斎とは、神道などで使われる言葉であり「ものいみ」とも読む。神を迎えるため、不浄なものを取り除くため断食などをする、という意味がある。また、「ものいみ」には「応答する」という意味がある。よって、大斎には、主の十字架と復活を迎えるための準備、思いを巡らすための期間、応答していくこと、祈りの季節だ、という意味が込められている。
この大斎節は、断食や節制の季節でもある。キリスト教の断食や節制は、単に自分の徳を高めるためにするのではない。身体的な飢えを通して、心と身体において飢えている人々に寄り添い、真の食い物である主を思うためである(毎聖餐式前に朝食を抜き、聖餐をその日の最初の食事とする、という伝統もある)。
この大斎節の始まりの水曜日を大斎始日または「灰の水曜日」(Ash Wednesday)と呼ぶ。イースターの1週間前の日曜日(復活前主日)にシュロで編まれた十字架が祝福され、配布される。シュロの十字架は次の大斎節までに回収され、焼却され灰が作られる。灰の水曜日の礼拝で「あなたは塵であるから、塵に帰らなければならないことを覚えなさい。罪を離れてキリストに忠誠を尽くしなさい」との文言と共に、司祭は信徒の額に灰で十字を印す、という伝統がある。
在英中、大斎節中に興味深かった日がある。それは灰の水曜日の1日前の火曜日のことである。伝統的にこの火曜日は「懺悔の火曜日」(Shrove Tuesday)という。信徒は司祭に個人懺悔(告解)をし、大斎節に備えるというものだ。英国のカレンダーにはクリスマスやイースターは当然のように記載されており、懺悔の火曜日はどうかと調べてみると、「Shrove Tuesday」と共に「パンケーキ・デー」(Pancake Day)との文字があった。断食や節制の前に、牛乳や卵を処分ないし栄養を取るために、パンケーキがいつしか作られるようになったことが由来である。
中世の英国では懺悔の火曜日に皆、教会に行き懺悔をする習わしがあった。ある年のこと、とある主婦がパンケーキを焼いていた最中、礼拝を告げる教会の鐘が鳴った。慌てた彼女はパンケーキが入ったフライパンを手に持ったまま、教会へ走り出してしまった。これを記念して、懺悔の火曜日には英国各地でパンケーキレースが開催されるようになった。私も目を疑ったが、各町の大通りでは現在もパンケーキレースが行われている。フライパンにパンケーキを入れたまま走り出し、何回かひっくり返しゴールへ向かうイベントである。キリスト教の土着化がテーマである日本から来た私にとって、衝撃的な光景だった。
この他にも大斎節に由来した習慣がある。聖金曜日には十字架を覚え肉食を控える。これは聖金曜日のみならず、普段の金曜日でも守るところもある。前任地の英国の全寮制の学校の食事は、金曜日には魚が常だった。
これらの習俗は人々にキリスト教的暦を思い起こさせる。英国では大斎の期間、さまざまなチャリティー活動が隣人愛に基づき行われる。大斎は他者の飢えを思い巡らし、神と人とに応答していく季節だからだ。この大斎の季節を祈りと共に歩んでいきたい。
與賀田光嗣(神戸国際大学付属高等学校チャプレン)
よかた・こうし 1980年北海道生まれ。関西学院大学神学部、ウイリアムス神学館卒業。2010年司祭按手。神戸聖ミカエル教会、高知聖パウロ教会、立教英国学院チャプレンを経て現職。妻と1男1女の4人家族。