【出会い・本・人】教会なき人のための聖書─塚本虎二と標準読者【本のひろば.com】

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評者: 赤江達也

岩波文庫の一冊に『新約聖書 福音書』(岩波書店、一九六三年)がある。翻訳者は塚本虎二。内村鑑三にはじまる無教会の伝道者、聖書学者である。口語訳の先駆者である塚本は、自分の翻訳を「教会なき人のための聖書」と呼んだ。そこには「標準読者」についての思想がある。
塚本のいう「教会なき人」は、無教会キリスト者というだけではなく、なんらかの理由で教会に通うことができない人を指している。具体的には、「療養所のベッドに一人これを読む人を標準読者と考え」ている(塚本虎二「口語訳のなるまで」『聖書知識』第二八五号、一九五四年一月、九頁)。
じっさい、口語訳の第一分冊がラジオ放送で取り上げられると、療養所の人たちから「イの一番に」三通の電報が届けられる。そのことを喜びながら、塚本はこう書いている。

教会をもつ人、自由に原文が読め、或は外国語の翻訳や註解の読める人たちには、私のこの訳はあまりに稚拙ともみえ、粗末に感じられるであろう。また敷衍や説明は邪魔とも思はれよう。しかし教会も牧師もなく、ただ一人でナザレの大工の子イエス・キリストの福音によって救われようとする、たった一人の人の友となり得るならば、私の念願は達する。(塚本虎二「三報の電通」『聖書知識』第二八五号、一九五四年一月)

塚本は口語訳にこだわり、ポイントを下げた注釈を本文に織り込む「敷衍訳」という工夫をつづけた。そのこだわりと工夫は「療養所のベッド」で一人聖書を読む標準読者の想定から生じている。塚本訳聖書には、本と人が出会う場面についての独自の思想がふくまれているのである。
(あかえ・たつや=関西学院大学社会学部教授)

 

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