「新しい神々」を恐れる必要はありません【聖書からよもやま話304】

主の御名をあがめます。

皆様いかがお過ごしでしょうか。MAROです。
本日もクリプレにお越しいただきありがとうございます。

聖書のランダムに選ばれた章から思い浮かんだよもやま話をしようという【聖書からよもやま話】、今日は  旧約聖書、申命記の32章です。よろしくどうぞ。

申命記 32章17節

彼らは、神ではない悪霊どもに
いけにえを献げた。
彼らの知らなかった神々に、
近ごろ出て来た新しい神々、
先祖が恐れもしなかった神々に。
(『聖書 新改訳2017』新日本聖書刊行会)

「近ごろ出て来た新しい神々」って、すごい表現ですよね。悪質な新興宗教、カルト教団の存在は現代日本の大きな課題になっていますが、申命記が書かれた3500年前から同じような方々はいたんです。

人間の恐れるものって、時代によって変わるかと思いきや、実はそれほど変わっていません。確かに現代ではお化けや妖怪の類を本気で怖がる人は昔より少なくなったように見えるかもしれません。しかし実は相変わらず「おはらい」とか「地鎮祭」とか「除霊」の仕事はなくなっていません。人間はやっぱり今でもお化けや妖怪の類を怖がっているんです。インターネットの発展によって、「炎上」とか「誹謗中傷」とか「デジタルタトゥー」とか、前の時代にはなかった新たな恐れが生じているように見えるかもしれません。しかしそれも「世間体」だったり「世間からの誤解」だったり、昔から恐れられているものと本質は同じです。「会社をリストラされる恐怖」も現代的なようにみえて、それは経済的な恐怖すなわち「食べられなくなる恐怖」ですから、むしろこれは昔の人の方が「飢饉」とか「不作」とか、そういった形でより強い恐怖を覚えていたかもしれません。

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UnsplashJon Tysonが撮影した写真

悪質な新興宗教というのは総じて「新たな恐れ」を人々の心に与えて混乱させます。恐れる必要のないもの、「先祖が恐れもしなかった」ものを恐れさせ、その恐れへの解決策として「新しい神々」を押し付けます。

「神」というのは、新しいわけがないんです。だって天地をつくった方ですから。誰よりも昔から存在したのでなければおかしいわけです。「令和時代に新しく神としてデビューさせていただくことになりました。よろしくどうぞ」なんてことがあったらおかしいわけです。

「神というのは人間がつくりだしたものだ」とはよく言われることです。これは半分は、否、大半は正しいと言えます。本物の神様は一人だけ、他のあらゆる「神」はたしかにみんな「人間がつくりだしたもの」です。しかし本物の神様だけは、人間がつくりだすことはできず、反対に神様によってあらゆる人間がつくられています。

時代によって変わる「神」は決して神ではありえないんです。それは「神」の定義から明らかに外れるからです。「新しい神々」はどう考えても人間が作り出したものにすぎないんです。

それではまた明日。

主にありて。
MAROでした。

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