契約書を書き換えるには両者の同意が必要です。【聖書からよもやま話261】

主の御名をあがめます。

皆様いかがお過ごしでしょうか。MAROです。
本日もクリプレにお越しいただきありがとうございます。

聖書のランダムに選ばれた章から思い浮かんだよもやま話をしようという【聖書からよもやま話】、今日は新約聖書、ガラテヤ書の3章です。よろしくどうぞ。

ガラテヤ書 3章15節

人間の契約でも、いったん結ばれたら、だれもそれを無効にしたり、それにつけ加えたりはしません。
(『聖書 新改訳2017』新日本聖書刊行会)

聖書には旧約聖書と新約聖書がありますが、よくこれを旧「訳」聖書、新「訳」聖書と間違って書いてしまう方もいます。正しくは旧「約」聖書、新「約」聖書です。これは聖書が「約束の書」つまり契約書であることを示しています。神様と人間との間の古い契約が旧約聖書に、新しい契約が新約聖書に記されているということです。

契約というのは人間同士においても大切なものです。僕は行政書士の仕事もしていますからよく契約書を作成したりもしますが、細かい一言一句にも細心の注意を払います。それは、一旦両者が合意してその契約書に署名、あるいは捺印をしてしまったら、もはや後から「やっぱりこの契約はなかったことにして」とか「この条文が都合悪いから変えて」とか、そういうことは原則としてできないからです。契約というのは一旦締結されれば、それはその契約の当事者間にとっては法律と同じです。自分の都合で勝手に変えたり取り消したりはできません。

それは神様と人間との契約においても同じです。人間の都合で、「聖書=契約書にはこう書いてあるけど、都合が悪いからこれは無効ということにしよう」とか「こんな条項があった方がいいから付け加えよう」なんて勝手にやることは許されていません。ですから聖書は2000年以上にわたって、書き換えられることなく引き継がれているんです。クリスチャンの中でも教派によっては、「聖書を現代の価値観に合うように書き換えるべきだ」と言う方もいますが、僕はちょっとそれには賛成できません。契約というのは人間同士でも、神様と人間の間でも、両者の合意によって形成され、解約も修正も両者の合意によらなければできないものだからです。聖書が契約である以上、契約のもう一方の当事者である神様の合意なしに書き換えることはできません。
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もちろん人間同士の契約書でも、契約を解約したり修正したりすることは不可能ではありません。ただし、解約や修正の条件ややり方は、その元契約自体に書いてありますから、それに従わなくてはなりませんし、一方的に解約する場合はたとえそれが認められていたとしても、損害賠償を支払わなければならないことも多々あります。

人間は、旧約聖書という契約を守ることができませんでした。それによって本来なら損害賠償を神様に払わなければいけない立場になりました。しかしなんと神様はイエス様を十字架につけることによって、その損害賠償を肩代わりしてくれました。しかもさらに「それでもあなたと新しく契約を結びたい」と新しい契約=新約聖書を用意してくれました。人間同士の契約ならこんなことはまずあり得ません。相手方の契約不履行で契約が解除され、本来なら損害賠償を受け取れるところそれを免除し、関係各位への損害賠償も肩代わりし、さらに人間同士なら誰も一度契約不履行を起こした相手ともう一度契約を結びたいなんて思わないでしょうが、神様はそんな契約不履行にもかかわらず、「もう一度契約しよう」と手を差し伸べてくださり・・・とんでもなく優しい契約者です。

契約というのは信用できる相手と結ぶものです。まったく信用できない相手と契約を結ぶ人はいません。神様が僕たち人間と「契約を結ぼう」と言ってくださるということは、神様が人間を信用してくださっているということです。その信用を踏みにじることがないようにしなければいけませんし、そんな信用に基づいて与えられた契約を、自分たちの都合で勝手に書き換えたりすることは、避けなければならないと思います。

それではまた明日。

主にありて。
MAROでした。

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