料理に大切なのは火加減。人生に大切なのは心加減。【聖書からよもやま話195】

主の御名をあがめます。

皆様いかがお過ごしでしょうか。MAROです。
今日もクリプレにお越しいただきありがとうございます。

毎回、新旧約聖書全1189章からランダムに選ばれた章を読んで、僕の心に浮かんだ事柄を、ざっくばらんに話してみようという【聖書からよもやま話】、今日は 旧約聖書、   ヨブ記の23章です。それではよろしくどうぞ。

◆ヨブ記 23章16節

神は私の心を弱くされた。
全能者が私をおびえさせられたのだ。
(『聖書 新改訳2017』新日本聖書刊行会)

五月病って様々な症状がありますけども、心が弱ってしまうケースも多いですよね。4月から始まった新生活や新しい環境、新しい仕事に疲れてしまったり嫌になってしまったり。5月に限らなくてもそんなことってあるものです。

僕自身も心が弱ることは多々あります。何かに失敗したとか、何か嫌なストレスに晒されているとか、そういう明確な理由があって弱ることもありますが、なんの理由もなく弱ってしまうことだってあります。むしろ仕事も人間関係もうまく運んでいて、ストレスの少ない日々を送っている時期になぜか突然、心が弱ってしまうこともあります。理由があって弱っているのなら、その理由を解決すれば良くなりますが、理由もなく弱ってしまうと良くなる方法が検討もつきませんから困ります。
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そんな時は「あぁ、神様が僕を弱らせているのだな」と思うことにしています。「理由もなく人を弱らせるなんて神様ひどい!」と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、僕はそうは思いません。そうやって神様が僕を弱らせる時、僕は「あ、神様が僕を止めてくださっている」と思います。そして「何か調子に乗って間違っていることがないか」とか「生活や仕事に夢中になって神様をないがしろにしてないか」とか自己チェックしてみます。それで「あ、いけない」と何かが見つかることもありますし、何も見つからないこともあります。見つからなくたっていいんです。神様が僕を弱らせているのなら、たとえ僕自身にわからないとしても、何か神様なりの理由があるはずだからです。それは神様が新しく何かを与えようとしてくださっているのかもしれませんし、反対に何かを奪おうとしているのかもしれません。それを分かる必要はないんです。どっちにしろ最終的には神様は益となることをしてくださるはずですから。今日の箇所の直前の14節には「神は、私について定められたことを成し遂げられる」と書いてありますから。

僕の人生を成し遂げるのは僕自身ではなく、神様です。僕の心を強めるのも弱めるのも神様です。料理は強火ばっかりではうまくいきません。強火で焼き目をつけた後に弱火にしてじっくり中まで火を通したりします。火の強弱をコントロールしなければ美味しい料理はできません。同じように心の強弱のコントロールができなければ、美味しい人生もできないんです。コンロの火が「今まで強火で頑張ってきて、しかも肉だっていい焦げ目がついてきたのに、どうしてここで私を弱めるのですか!!」なんて文句を言ったら困ります。コンロの火と同じように、神様の思う通りに強まったり弱まったりする心でありたいと思います。ずっと心が強いままだったら、きっと誰かを傷つけてしまったり、何かをやりすぎてしまったり、困ったことが起こりますからね。

昨日はたこ焼きを焼いたのですが、近頃は鉄板の温度を少し低めにしてじっくり焼くレシピの研究をしています。卵を増やしてじっくり焼くと一味違う、おいしいやつができるんです。

それではまた来週。

主にありて。
MAROでした。

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