【終戦記念日】平壌から引き揚げた野中孝子さん

 

現在88歳の野中孝子さん(日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団・篠原教会員)は、戦争の体験を語ることのできる数少ない一人だ。

当時、朝鮮総督府に勤めていた両親と一緒に、生まれてすぐ京城府(けいじょうふ)に渡った。3歳違いの妹が生まれる頃、現在の北朝鮮の平壌(ピョンヤン)に移り、父は数年後、小さな医院を開業した。

1940年、家族で

1941(昭和16)年12月8日、野中さんがいつものように学校に行くと、校長が生徒全員を講堂に招集。「日本軍がハワイの真珠湾を攻撃した。これから日本は米国と戦争状態に入る」と告げた。子ども心に、「あんなに大きな国と小さな日本が戦って、本当に大丈夫なのだろうか」と思ったという。

1943年、家族と看護師

44(昭和19)年9月、防空訓練のためと兵士が母を無理やり引っ張り出そうとした。「産後、体調がすぐれない」と断ると、「非国民め。これでは朝鮮人に示しがつかない」と怒鳴られた。その夜、頭痛を訴えた母は、「痛い、痛い」と苦しみながら、数十分後、脳血栓のため息を引き取った。

翌年6月、子どもたち4人のためと父が再婚。野中さんは16歳になった。

8月15日。正午から重要なニュースがあると聞かされ、家族全員と近所の人数人と共にラジオの前に座った。ラジオが「ジージーガーガー」と鳴って、何を言っているのかよく聞き取れなかったが、雰囲気から日本は戦争に負けたと分かった。父は、「日本軍が負けるはずがない。一時休戦ではないか」と言ったが、野中さんは「今日から空襲の心配がないのだ。ゆっくり眠れる」とホッとしたという。

しかし、その日の午後には、あんなに静かだった町が急に騒がしくなり、手に手に朝鮮国旗を持った人々が「マンセー(万歳)、マンセー」と叫び、あちこちで銃声も響いた。

野中さんは戸をしっかりと閉めた家の中で震えていた。「戦争に負けたのだ」と心の底から感じた瞬間だった。それまで日本国内だと思っていたその土地は、翌日には「外地」になり、米ソの分割占領ラインである北緯38度線が引かれ、往来ができなくなった。ソ連軍も侵攻してきて、略奪が始まり、事態は悪化の一途をたどった。

父の医院は接収され、父自身も軍に連行されたが、3日後には解放された。そして、平壌を通って日本に帰国する人たちのために診療を始めた。着の身着のままで逃げてきた人々の中には、発疹チフスで亡くなっていく人が毎日いた。一度接収された病院には薬も医療機器もほとんど残ってなく、診療はできても、「何もしてあげられない」と父は悔やんだ。

そうしているうちに、今度は父がチフスを発症。高熱で苦しんだのち、1週間で帰らぬ人に。終戦から半年経った1月のことだった。

父の死後、朝鮮の治安部隊が家に来たかと思うと、次々と家財を奪い、家も追い出されてしまった。義母と妹弟と一緒に、歩いて38度線を超え、米軍キャンプからぎゅうぎゅう詰めの貨車に乗せられて釜山(プサン)に到着。そこから日本に向かう船に乗った。

その船中で義母が腹痛を訴えた。日本に着き、港の病院で診てもらうと、「腹水が溜まっている」と言われ、それから数日後、義母も亡くなった。妹と弟と4人きりになってしまった。

それから、幼い時に一度だけ訪ねた山口県の本家にたどり着き、そこで暮らすことになった。その後、野中さんは、父と同じ医療の道を志し、結婚して東京に引っ越した後も看護師を続けた。

「世田谷の尾山台に教会ができるらしいよ」と、クリスチャンだった患者の一人に聞いた。

「その時、おそらく初めて『聖書』や『教会』という言葉を聞いたのではないかと思います。しかし、さほど興味を持つことなく、その教会へは足が向かいませんでした」

それから数年。テレビの伝道番組を見て、「悩んでいる人、迷っている人は教会を案内しますから、お電話ください」という招きの言葉に応え、篠原教会の扉をたたいた。そして78年に受洗。その後、家族もクリスチャンになり、犬の散歩をしている人にも声をかけて教会に誘うほど、熱心にまわりの人に伝道した。

「私たちの体験は、国内にいて空襲を体験した人や、原爆を目の当たりにした人とは違うかもしれません。しかし、戦争は多くの人を苦しめることに違いはありません。妹弟(きょうだい)と共に心細い戦後を過ごしましたが、まわりの人に助けられ、神様の愛をいただきながら、ここまで生きてこられました。本当に感謝なことです。

患者さんから尾山台の教会のことを聞き、それから半世紀以上経った今、まさか孫がその日本ナザレン教団・尾山台教会の牧師の妻となり、ひ孫と一緒にそこに住むことになるなんて思いもしませんでした。神様のなさることは何一つ無駄なことはないと感じています」

 






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