10月17日「神の家族であり」

あなたがたはもはや、外国人でも寄留者でもなく、聖なる民に属する者、神の家族であり、(エフェソの信徒への手紙2章19節)

今日、国家間、民族間の緊張や対立を、宗教の衝突と言う人々がいる。しかし、キリスト教国家なるものは存在しない。国家とキリスト教会とはまったく別である。殺すなと命じ、武力を禁じるキリストの上に、国家を建てることはできない。

キリストは十字架によって敵意を滅ぼす平和の福音を告げ知らせ、人を神と和解させる。互いに敵対し、孤立していた者たちが、キリストによって一つの霊に結ばれた共同体を、今日の聖句は「聖なる民に属する者」、神の家族」と呼ぶ。

教会は、キリストによって贖(あがな)われた聖なる民であり、神を父と呼ぶ神の家族である。教会は礼拝共同体である。神の家族は礼拝によって父なる神との交わりを持ち、神の恵みによって育まれる。教会は「使徒や預言者という土台の上に建てられて」(20節)いる。すなわち、神の家族は使徒たちの証言である聖書を通して、キリストによる神の和解の言葉を聞き続ける。そして、キリストによって結ばれた兄弟姉妹の交わりを喜ぶ。教会は神の言葉を聞く姿勢によって、立ちもし倒れもする。

教会は、キリストの和解の福音を告げ知らせる宣教共同体である。キリストは神の民による福音宣教を通して、御自分の肉において敵意という隔ての壁を取り壊し、………一人の新しい人に造り上げ」(14〜15節)る働きを続け、この地上に一つの霊で結ばれた教会を建て上げる。

教会は天に故郷を持つ神の家である。神の家に住み、父との交わりを持たないならば、人は魂の故郷を持たないこの世の流浪者(るろうしゃ)で終わる。

内藤淳一郎

内藤淳一郎

西南学院大学神学部卒業後、日本バプテスト連盟の教会で牧会、鹿児島大学哲学科のカトリックの神学の学びから、鹿児島ラ・サール高校でも教える。日本バプテスト連盟宣教室主事、日本バプテスト連盟常務理事を8年間務める。

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