児童福祉の現場から3 「助けて」と「ありがとう」を言える人

児童福祉の現場にいると、子どもの成長は教育や経済力よりも大切なものがあることを改めて思い知らされる。それは、「愛情」という子どもが成長する上で、エンジンを動かす油のようなものだ。その油が欠けている子どもは、どんな大人になっていくのだろうか。

例えば、虐待を受けて育った子どもは、親の愛情をほとんど知らないまま育つ。彼らは、自分が虐待を受けているという現実を認識することは少ないが、あまりの空腹や辛さに耐えかね、自ら警察に駆け込む子どももいれば、周りの大人が気が付いて、然るべき機関へ通報し、保護をされる子どももいる。一時保護中にさまざまな検討会議を重ねたのち、親元に帰せないと判断した子どもは、児童養護施設に預けられる。

子ども達は、どの施設に行くかなどは選ぶことはできない。16歳を過ぎると、児童養護施設に18歳まで過ごし、その後、社会へ出るか、自立援助ホームなどで自立の訓練をしながら20歳まで過ごすかなどを選択することができる。いずれにしても、成人を迎える前の子どもが、自分自身の人生を自ら選択しなくてはならない大きな局面を迎えることになる。一般家庭で育つ子どもであれば、まだまだ親と相談して、進路やその先のことを決める時期だ。

生まれてすぐに親の育児放棄などによって乳児院に預けられ、その後、児童養護施設や自立援助ホームで育つ子もいる。通算20年から22年間を社会的養護の施設で育つのだ。

先日、ある青年が大切にとってあった封筒を私に見せてくれた。19歳のその青年は、生まれてすぐに乳児院へ預けられ、その後は児童養護施設、二十歳になる少し前まで自立援助ホームで生活をしていた。

ボロボロになった小さな茶封筒の中には印鑑が入っていた。「この印鑑は、自分が施設に預けられる時に、母親が施設の人に渡したものなんだ。僕は、施設を変わる時にこの印鑑を職員から渡された」と話し、大事そうに握っていた。

彼は、母親と父親の写真を一枚も持っていない。彼の記憶の中に母親も父親もいないのだ。しかし、彼はこの茶封筒に、おそらく母親の姿を思い、ずっとこれを失くさずに持っているのだと感じた。

そんな彼は、人を信用することができない。一人の世界に入りこみ、わからないことがあっても、苦しいことがあっても、「助けて」をいうことができない。大人びた面がある一方で、世間をしらなすぎるという一面も持ち合わせている。それでも、「教えてほしい」と人に頼むことができないのだ。お世話になっても、何かをしてもらっても「ありがとう」も言うことができない。

例えば、彼に「電車の『ダイヤ』ってなに?」と、唐突に聞かれたことがある。「時刻表のことだよ」と答えると、「本当に時刻表のことか?」と何度も私に確認をする。電車に乗った経験が幼い時に極端に少なく、なんでも聞くことのできる年頃に、聞く機会を失ってしまっていたからだろう。

また、ポストの使い方を知らない子どもや両親と一緒に買い物に行く機会がなかったため、物の相場を知らなかったりする子もいる。彼らにとって、日常生活は非日常であり、それまで必要なことは親代わりの職員が、それを「仕事」としてやってくれていて、それが当たり前だと思って育ってきたのだろう。

物への拘(こだわ)りも強く、小さくなってしまって、Tシャツや穴が開いているズボン、靴下をいつまでも捨てることができずにいる子もいる。捨てるタイミングがわからなかったり、物に執着をしすぎて、捨てることが怖かったりと理由はさまざまだ。

こうした状況を引き起こすのも、愛着形成が不完全であるためだ。施設の中で、職員がたくさんの愛情を注いでも注いでも、もともと彼らの心の中のスポンジはカラッカラに乾いた状態であり、なかなか潤うことがない。そして、その愛着形成が不完全な状態が、どのような症状で表面化するかは、人によって違うのだ。ある子は虚言という形で、ある子は暴力、ある子は盗癖、ある子は歪んだ性癖という形で知ることになり、最悪の場合は人を傷つけ、警察のお世話になるといったことも珍しくない。

ある青年と話をしているときに、「社会に出て、一番大切なことは何か」と聞かれた。私は、「ありがとう」と「助けて」が言えることだと答えた。人に感謝をすることは決して悪いことではない。一方で、本当に困った時、そばにいるはずの家族がいない彼らにとって、「助けて」と社会に向かって発信することはとても大切なことだ。「社会は冷たいかもしれないけれど、冷え切っているわけではない。『助けて』と発信したら、必ず誰かが助けてくれる。誰もいなかったら、ここにまた戻ってきたらいい」と話した。

福祉従事者である前に、神に仕える一人として、「ありがとう」と「助けて」を受け止められる一人でありたいと心から思った。

 






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