共に河の向こう岸まで渡りましょう 劉燕子 【東アジアのリアル】

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2021年のクリスマス前後、香港のいくつもの大学で天安門事件のモニュメントが次々に撤去された。民主主義の抑圧のみならず流血の武力鎮圧の歴史を封印するためであった。さらに12月29日、ネットメディア「立場新聞」関係者が7人も逮捕された。「立場新聞」は香港の核心的価値(民主・人権・自由・法治・公義)を守り残った数少ないメディアの一つであった。

モニュメント撤去や「立場新聞」関係者逮捕は、クリスマスや正月という、メディアではお祝いムードで娯楽があふれ、また人々が家族で団らんする時機を見計らったものと言える。なぜなら、12年前の2009年12月25日午前、劉暁波(リウ・シャオボー)に有罪判決が下され、それは瞬く間に世界各地に伝わったが、クリスマスの賑わいの中にかき消された例があるからである。その時、筆者は四川省成都で王怡(ワン・イー)、余杰(ユー・ジエ)、冉雲飛(ラン・ユンフェイ)、廖亦武(リャオ・イーウー)たちと義憤や悲哀を共有していた。

左から廖亦武、筆者、劉暁波(2007年3月27日、北京)

王怡は成都大学で憲政を教えていたが、大学当局から授業停止を告げられ、さらに文章を発表する機会も奪われた。2008年の最後の授業で、彼は劉暁波が中心となって起草した「〇八憲章」全文を読みあげ、大学を辞し、家庭教会の伝道者となった(すでに2005年に受洗)。

筆者は09年12月27日、王怡の家庭教会の礼拝に出席した。王怡は劉暁波に言及し「クリスチャンは必ず政治に関わらなければならないということではありません。政教分離の原則は守るべきです。それでも、正義のない時代にあっては、迫害された人のために祈らなければなりません。(中略)中国の教会は、我が国の社会、文化、政治が転換する現在において、その長い道のりの中で勇気をもってつき従う者、慰める者、代わりに祈る者、とりなす者」となろうと説いた。彼はなおも信仰の自由を守り伝道し続けていたが、2019年12月30日、国家政権転覆煽動罪で懲役9年を下された(今も収監中)。

なお劉暁波は受洗しなかったが、1996~99年、獄中でアウグスティヌスやボンヘッファーを愛読し「イエス・キリストは僕にとって人格的な模範だ」と認識するようになった。「私に敵はいない」の思想はその現れである(2010年に獄中でノーベル平和賞受賞、17年に事実上の獄死)。

余杰は2003年に受洗し、独裁体制を痛烈に批判していたが、長年の監視・軟禁・拷問により、2012年1月、アメリカに事実上亡命した。

冉雲飛は作家、『四川文学』編集者として自由な言論に努力していたが、2011年、「中国茉莉花(ジャスミン)革命」の集会を組織したとの理由で国家政権転覆煽動罪により逮捕された。「証拠不足」で釈放された後、2016年に王怡により洗礼を受け、現在は家庭教会の中で聖書研究会を主宰している。

廖亦武は天安門事件を知り長詩「大虐殺」を創作・朗読し、翌年に映像詩「安魂」を制作したが逮捕された(懲役4年)。彼も長年迫害され、2011年7月にドイツに亡命した。受洗はしないが、2013年に『上帝是紅色的:God Is Red』を台湾で出版し、雲南省少数民族地域などで苛烈な迫害にも信仰を守り続けた19人以上のキリスト者のオーラル・ヒストリーをまとめた。その1人はウェストミンスター寺院大西廊の20世紀10人の殉教者の1人の王志明である。

教会が封鎖されたために行われた野外礼拝(2009年7月)

2009年のクリスマスに筆者たちは集えたが、状況は悪化し再会の日は遠い。香港の現状を憂いつつ王怡が2016年6月4日に送ってきた詩句「私はある運命に住まう。インクはすでに乾ききった。明日、もし私がまた生きているならば、共に河の向こう岸まで渡りましょう」を思わされる。それは今もなお心にしみ入る。

劉燕子
リュウ・イェンズ 作家、翻訳家。中国湖南省出身。神戸大学等で非常勤講師として教鞭を執りつつ日中バイリンガルで著述・翻訳。専門は現代中国文学、特に天安門事件により亡命した知識人(内なる亡命も含む)。日本語編著訳『天安門事件から「〇八憲章」へ』『「私には敵はいない」の思想』『劉暁波伝』ほか多数。

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