神様に用いられるのは、クリスチャンだけではありません【聖書からよもやま話111】

主の御名をあがめます。

皆様いかがお過ごしでしょうか。MAROです。
今日もクリプレにおこしいただきありがとうございます。

毎回、新旧約聖書全1189章からランダムに選ばれた章を読んで、僕の心に浮かんだ事柄を、ざっくばらんに話してみようという【聖書からよもやま話】、今日は 旧約聖書、エズラ記の1章です。111回目にエズラ記の1章。見事に1のゾロ目でなんだか嬉しいです。それではよろしくどうぞ。


◆エズラ記 1章1節

ペルシアの王キュロスの第一年に、エレミヤによって告げられた主のことばが成就するために、主はペルシアの王キュロスの霊を奮い立たせた。王は王国中に通達を出し、また文書にもした。
(『聖書 新改訳2017』新日本聖書刊行会)


このシーンはイスラエルの民が70年にも及ぶバビロン捕囚から解放されたことを示すものです。ペルシアのキュロス王が、イスラエルの民を捕らえていたバビロニアを滅ぼし、そしてイスラエルの民の解放を宣言しました。

この時、キュロスの霊を神様が奮い立たせたのだと書いてあります。神様がキュロスの心に働いて、それによってキュロスは感動し(別の訳の聖書では実際にこの「霊を奮い立たせ」の部分は「心を感動され」と訳されています)イスラエルの民を解放することを決心し、実行したということです。

ここで注目すべき点は、キュロスは主なる神様を信じてはいないということです。これはとても大切なことです。神様は自分を信じる者だけでなく、信じない者にも働きかけるのだということだからです。神様の影響を受けるのはクリスチャンだけではなく、ノンクリスチャンの上にもまた、神様の御業は行われるんです。

クリスチャンはついつい「神様が用いるのは自分たちクリスチャンだけ」と考えてしまいがちですが、神様はこのようにノンクリスチャンをも用いるんです。ですからクリスチャンは、クリスチャンと接するときだけではなく、ノンクリスチャンと接する時も、「この人もまた、神様に用いられる器なのかもしれない」という敬意を持つことが必要なのかと思います。

神様が救うのは信じる者だけかもしれませんが、用いるのは信じる者だけではないんです。神様に用いられるという恵みは、クリスチャンだけのものではないんです。いよいよ今年もクリスマスを迎えますが、そんなわけでクリスマスもまた、クリスチャンだけのものではなく、あらゆる人に開かれたものなんです。皆様良いクリスマスをお迎えください。

それではまた。
主にありて。
MAROでした。

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横坂剛比古(MARO)

横坂剛比古(MARO)

MARO  1979年東京生まれ。慶応義塾大学文学部哲学科、バークリー音楽大学CWP卒。 キリスト教会をはじめ、お寺や神社のサポートも行う宗教法人専門の行政書士。2020年7月よりクリスチャンプレスのディレクターに。  10万人以上のフォロワーがいるツイッターアカウント「上馬キリスト教会(@kamiumach)」の運営を行う「まじめ担当」。 著書に『聖書を読んだら哲学がわかった 〜キリスト教で解きあかす西洋哲学超入門〜』(日本実業出版)、『人生に悩んだから聖書に相談してみた』(KADOKAWA)、『キリスト教って、何なんだ?』(ダイヤモンド社)、『世界一ゆるい聖書入門』、『世界一ゆるい聖書教室』(「ふざけ担当」LEONとの共著、講談社)などがある。新著<a href="https://amzn.to/376F9aC">『ふっと心がラクになる 眠れぬ夜の聖書のことば』(大和書房)</a>2022年3月15日発売。

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