【哲学名言】断片から見た世界 母を欺く

アウグスティヌスはローマ行きに反対する母に、どのように応対したか

青年アウグスティヌスは、地中海を渡ってローマで新しい人生を切り開こうとしていますが、それに反対している人が一人いました。すなわち、母モニカの存在です。

「しかしどういうわけで、わたしはカルタゴを去ってローマに行ったのであるか。神よ、あなたはそれを知っておられたが、しかしそれをわたしにも、またわたしの母にもお示しにならなかった。母は、わたしの出立するのをひどく嘆いて、海辺まで追って来たのである……。」

敬虔なキリスト教徒であった母にとっては、息子が小さい頃から親しんでいたはずのキリスト教を捨ててマニ教に走ってしまったこともあり、できる限り近くで見守り続けたいというのも大きかったのかもしれません。今回は、アウグスティヌスがどのようにローマに向けて出発したのかを見てみることにします。

「母さん、今日は僕ではなくて……。」

アウグスティヌスが船出する前日、母モニカは彼の出発を思いとどまらせるために、海辺まで彼について来ていました。彼女は、どうか行かないでおくれアウグスティヌス、行くならばせめてわたしも連れていっておくれ、と懇願したのです。

しかし、息子の方は、ここまで来て出発を取りやめるわけにはゆかないと思いました。母は、あくまでも「わたしもついてゆく!」を繰り返しています。そこで、アウグスティヌスは心の内で、ある決断を下します。

息子は母に言いました。「母さん、今日は僕ではなくて、友達が船出するんだよ。」母はそれを聞いても、なおも納得しませんでしたが、僕は行かないから今日はここに泊まろうということで、海辺に立っていた聖キプリアヌスの記念堂に彼女を泊まらせました。そして、彼女が眠りについた後に、すたこら逃げ出しました。

母が目覚めた時には、ローマ行きの船はすでに航海の旅に出ていました。若きアウグスティヌスはこうして、母を置いて旅立ってしまったことになります。要するに、実の母親を騙してしまい、そのまま逃げるようにして海を渡っていったというわけなのでした。

七の七十倍までも赦すということ

アウグスティヌスとしては、母に対して弁解のしようもない負い目を負ってしまったエピソードでしたが、興味深いのは、母モニカがこの後にも、彼に対してそれほど大きな恨みや失望の感情を抱いていないように見えることです。もちろん、『告白』に書かれなかったことも多々あるでしょうし、母の愛はまことに深しという側面もあることは疑いえませんが、今回のエピソードを始めとして、アウグスティヌスが犯してしまったさまざまな過ちに対するモニカの冷静さと忍耐には、目を見張るものがあります。

『告白』のさまざまな箇所で見られるこの母の忍耐深さには、彼女が信じていた教えが「罪の赦し」について倦むことなく語り続けるものであったということも関係していそうです。「主よ、仲間の兄弟が犯した罪を何度まで赦すべきですか?七回くらいまででしょうか?」という弟子ペトロの質問に対して、イエスは聖書の中で次のように答えています。

イエスの答え:
「あなたに言っておく。七回どころか、七の七十倍までも赦しなさい。」

「七の七十倍」とは言い換えるならば、「可能な限り何度でも」ということです。人間は過ちも犯すし、もっと強い言葉を用いるならば「罪」をも犯してしまうけれども、それでも赦されるという経験が、人を新しい生のあり方へと導いてゆく。責められるはずのところで責められず、赦しの事実の中に愛を見てとる時、人間が互いに責め合うことをやめて、「天の父が私たちの一人一人を愛し、憐れみ、赦してくださっているように、私たちも互いに赦し合うことにしよう」と心に決める時には、人間の生き方は根底から変えられてゆくはずだと、母モニカは信じていました。この後の数年、アウグスティヌスがマニ教に入信してからは実に十年以上にわたって母は待ち続けることになりますが、彼女は最後の瞬間には、それまでずっと待ち望み続けていたものを目にすることになるはずです。

おわりに

「この人が多くの罪を赦されたことは、私に示した愛の大きさでわかる。赦されることの少ない者は、愛することも少ない。」母もこれより少し後、海をわたってアウグスティヌスを追いかけて来ることになりますが、とりあえずはアウグスティヌスのローマでの新生活が始まろうとしています。私たちは、彼のたどった道のりを引き続き追ってみることにしたいと思います。

[読んでくださっている方の一週間が、平和で穏やかなものでありますように……!]

 

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