心配しても意味のないことは心配しない【聖書からよもやま話512】

主の御名をあがめます。

皆様いかがおすごしでしょうか。MAROです。
本日もクリプレにお越しいただきありがとうございます。

聖書のランダムに選ばれた章から思い浮かんだよもやま話をしようという【聖書からよもやま話】、今日は新約聖書、マタイの福音書の6章です。よろしくどうぞ。

マタイの福音書 6章27節

あなたがたのうちでだれが、心配したからといって、少しでも自分のいのちを延ばすことができるでしょうか。

(『聖書 新改訳2017』新日本聖書刊行会)

人はいろいろなことを心配しながら生きています。たぶん、生まれてから死ぬまでずっと何かを心配しながら生きています。「子どもは何の心配もなくていいよなー」なんて大人は言ったりもしますが、子どもだって子どもなりに様々なことを心配しながら生きています。赤ちゃんなんて年がら年中泣いています。それは「お腹がすいた!このままでは死んでしまう!」「おむつが汚れている!このままでは病気になってしまう!」という心配の現れだとも言えます。大人になればなおのこと、人間関係のこと、お金のこと、健康のこと、家族のこと・・・と数え上げればキリがないほどに心配します。

しかし、ヒルティという哲学者は言います。「心配というのは意味のない感情である。まだ起こってもいない事柄について、いくらそれが起こるかもしれないと心配したところで、その事柄が実際に起こる可能性は何も変わらないのだから」と。

人間の死亡率は100%です。生まれた以上、人間は必ず死にます。もっとも、聖書を詳しく読めばエノクさんとかエリヤさんとか「死なずに天に昇った人」もいるのですが、それを除外しても99・9999%は死にます。そしてそれについていくら心配しても、死の発生確率は変わりません。もしかしたら、健康に気をつかったり、防災に気をつかったりすれば、「明日死ぬ確率」は少しだけ減らせるかもしれません。とはいえ、「いずれ死ぬ」という確率は少しも減りません。それに、健康に気をつかったり、防災に気をつかったりするのは、もはや単なる心配ではなく、何らかの行動を伴っているものです。生活を改めなかったり、避難経路の確認をしなかったりのまま、ただ「死ぬかもしれない」と心配だけしていても、何の効果もありません。

僕たちは往々にして様々なことに、無用な心配をしながら生きています。いくら心配しても少しもその発生確率を下げられないことについて、あれこれと勝手に想像を膨らませて、勝手に心配しています。「上司に怒られるかもしれない」と心配しても、上司に怒られる可能性は減りません。「恋人にフラれるかもしれない」と心配しても、恋人にフラれる可能性は減りません。「明日、雨が降るかもしれない」と心配しても、明日雨が降る可能性は減りませんし、「スーパーの特売品が売り切れてしまうかもしれない」と心配しても特売品が売り切れる可能性は減りません。心配ゆえに何かの行動を起こせば、多少は対策が打てます。「雨が降るかもしれないから傘をもつ」とか「売り切れる前に早めにスーパーに行く」とかです。しかし、心配そのものは、何の意味もありません。

人間は、自分の力を過信しているのか、自分ではどうにも動かせないものについて、たくさん心配します。それは時間と労力の無駄です。そういうものは神様に任せてしまえばいいんです。そう考えて「これは自分で可能性を減らせるもの」「これは神様にしか可能性を変えられないこと」と、心配の仕分けをしていくと、それまで思っていたよりも神様にお任せすることが多いことに気づくかと思います。そうやって自分の抱えるべき心配を減らしていけば、この生きづらい世の中にあっても、幸せな時間を増やしていけることと思います。

それではまた。

主にありて。
MAROでした。

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横坂剛比古(MARO)

横坂剛比古(MARO)

MARO  1979年東京生まれ。慶応義塾大学文学部哲学科、バークリー音楽大学CWP卒。 キリスト教会をはじめ、お寺や神社のサポートも行う宗教法人専門の行政書士。2020年7月よりクリスチャンプレスのディレクターに。  10万人以上のフォロワーがいるツイッターアカウント「上馬キリスト教会(@kamiumach)」の運営を行う「まじめ担当」。 著書に『聖書を読んだら哲学がわかった 〜キリスト教で解きあかす西洋哲学超入門〜』(日本実業出版)、『人生に悩んだから聖書に相談してみた』(KADOKAWA)、『キリスト教って、何なんだ?』(ダイヤモンド社)、『世界一ゆるい聖書入門』、『世界一ゆるい聖書教室』(「ふざけ担当」LEONとの共著、講談社)などがある。新著<a href="https://amzn.to/376F9aC">『ふっと心がラクになる 眠れぬ夜の聖書のことば』(大和書房)</a>2022年3月15日発売。

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