涙の塩分濃度はお吸い物と同じくらい【聖書からよもやま話178】

主の御名をあがめます。

皆様いかがお過ごしでしょうか。MAROです。
今日もクリプレにお越しいただきありがとうございます。

毎回、新旧約聖書全1189章からランダムに選ばれた章を読んで、僕の心に浮かんだ事柄を、ざっくばらんに話してみようという【聖書からよもやま話】、今日は 旧約聖書、  詩篇の80章です。それではよろしくどうぞ。

◆詩篇 80篇5節

あなたは彼らに涙のパンを食べさせ
あふれる涙を飲ませられました。
(『聖書 新改訳2017』新日本聖書刊行会)

もちろんこの表現は、本当に涙をごくごく飲まされたという意味ではなく、すごく悲しい思いをしたという意味なのでしょうけれど、でももし本当に涙をごくごく飲んだとしたら、どれくらいしょっぱいのかということが気になったので考えてみました。

昔読んだ寺山修司さんの詩で「世界の海水と涙の量は常に一定で、誰かが涙を流すとその分だけ海水の量が減るのである」というようなのがありました。これによれば「海水=涙」ですから涙は海水と同じくらいしょっぱいということになります。海水をごくごく飲むとなると・・・これはかなりしょっぱい。想像するだけで喉が渇いてくるくらいしょっぱいです。

しかし、調べてみましたら海水の塩分濃度は約3%。一方で人間の体液の塩分濃度は1%ほどです。あら、あっさりと寺山修司さんの「海水=涙」節が否定されてしまいました。でも考えてみたらそりゃそうですよね。だって涙って目の中に常にあるものです。海水が目に入ったら痛いんですから、涙がそんなに塩分濃度が高かったらずっと痛くて目が開けられません。

ちなみにスポーツドリンクの塩分濃度は0.1〜0.2%、経口補水液で0.3%ほどですから、涙はそれよりもしょっぱいということになります。涙はだいたい、お吸い物と同じくらいの塩分濃度です。お椀いっぱいくらいならおいしく飲めますが、ごくごく飲むのはちょっとつらいくらいの濃度ですね。
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ただ、涙って実は常に同じ塩分量ではなく、怒ったり悲しんだりして流す涙の方が、笑ったり喜んだりして流す涙よりもしょっぱいんだそうです。これは前者の涙は緊張をもたらす交感神経優位な時に流されるのに対し、後者の涙はリラックスをもたらす副交感神経優位な時に流されるからなのだとか。

さてところで、実は海の塩分も今と昔では違うのだそうで、大昔のそのまた昔のさらにそこから大昔、海が最初につくられたころの海水の塩分は今よりもずっと薄くて、ちょうど人間の体液と同じ1%ほどだったのが、そこに長い年月をかけて岩塩やら何やらがゆっくりと溶け込んで今の濃度になったのだとか。

と、いうことは、寺山修司さんの「海水=涙」説は、太古の海水なら成立するということになります。「人は悲しい時、瞳が太古の海と通じるのです」なんて言えば、これはこれでロマンチックですね。

悲しい涙はしょっぱい。嬉しい涙は薄い。
今の海水はしょっぱい。昔の海水は薄い。
今の海は昔の海よりも悲しいのでしょうか。
昔の海は今の海よりも嬉しかったのでしょうか。

今の涙は悲しくて、昔の涙は嬉しくて。
確かに、昔流した悲しい涙が、思い返せば良い思い出ということはありますね。

なんだかガラにもなくロマンチックな終わり方。
たまにはこんなのも良いです。

それではまた明日。

主にありて。
MAROでした。

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